婚姻率、生涯未婚率の改善・回復策はあるか?:少子化対策の源流としての結婚を考える

今年内容が見直された<少子化社会対策大綱>のサブタイトルは
「結婚、妊娠、子供・子育てに温かい社会の実現をめざして」

[Ⅰ はじめに]で現状認識と対策の基本方針を述べた後
(後日、その内容を取り上げます)
[Ⅱ 基本的な考え方]で、少子化対策が新たな局面にとして
以下の5項目を提示しています。

1.結婚や子育てしやすい環境となるよう、社会全体を見直し
これまで以上に少子化対策の充実を図る。
2.個々人が結婚や子供についての希望を実現できる社会を
つくるることを基本的な目標とする。
3.結婚、妊娠・出産、子育ての各段階に応じた切れ目のない
取組と地域・企業など社会全体の取組を両輪として、きめ細かく
対応する。
4.集中取組期間を設定し、政策を集中投入する。
5.長期的展望に立って、継続的かつ総合的な少子化対策を
推進する。

本来面白がるのは不謹慎なのですが
面白いというか興味深いのが
上記の2の説明文中に
「もとより、個々人の決定に特定の価値観を押し付けたり、
プレッシャーを与えたりすることがあったはならないことに
留意する。」
というくだりがあることです。

これは、ご推察の通り、結婚や子供を語ると
「結婚しない自由」「結婚しない生き方」
「子供を持たない自由」「子供を産まない生き方」という
権利・人権の主張が必ずなされることを想定してのことです。

ただ現実的に結婚率が低下し、生涯未婚率の上昇が加速化する中
自由や権利以前に、結婚できない、欲しくても子供を持てない
経済的理由、仕事上の不安、出会いの少なさなどをまず課題として
そこから手を付けよう、という苦心・苦労も読み取れないことも
ないですね。

あるいは、子供を持つ意識、作る意志が高い人にはできるだけ
多くの子供をもってもらいたい、ことからの強化する政策も
当然見られます。

そうしたアプローチは当然必要であり、望ましいものですが
やはり根本的には
結婚したくない人、しない人とが増えていることが最大の問題と
思います。

一般的に女性が高学歴化すると結婚よりも仕事を選択する傾向が
強まり、結婚年齢が上がる、第1子を持つ年齢が高くなる、
そして未婚率も高くなる、と言われています。

ということは
女性の管理職比率を高めることや一層女性の能力を活用する政策を
進めようとすると、結婚率の低下・未婚率の上昇を招き、相反する
政策を進めることにもなりかねない・・・。
なかなか難しいですね。

そもそも、結婚とは何なんでしょう?
同性婚が法律で認められる時代になり、いよいよ結婚とは何なのか
法律上と社会通念上の定義を見直す必要も出てきています。

私は
人というホモサピエンスが
動物的に、本能的にセックスを交わすことは自然な行為・営為と
思っています。

しかし、他の動物では、その結果としての妊娠・出産は、理性や
精神的に基づく目的としての成果ではなく、生殖・生理的な偶然の
まさに産物であることとは意を異にして
子供を創る、子供を産む、
そして子の母となり、子の父となる、
という意志・理性を持つ者であるという根本的な違いがあると
認識しています。
(もちろん、世界の一部の地域・民族においては
そうした人としての理性や生物・生殖学的知識を持ちえていない
社会もありますが・・・。)

昨年発表された国勢調査に基づく未婚率の推移グラフを引用しました。


当時新聞やTVでかなりショッキングに報じられたことは
まだ記憶に新しいのではないかと思います。

2010年時点で50歳の人で、女性が10人に一人、男性は5人に一人が、
結婚していない・・。
特に1990年から、男性の未婚率が相当の角度で比例して高くなっている。
次の今年、2015年での未婚率を想像すると、ちょっと恐いくらいです。

出生、死亡、結婚、離婚という人口動態に関わる推移データも引用しました。

データを細かく見る機会は別に持ちたいと思います。

結婚して、夫婦という最少の社会を作り、夫婦生活を送る。
子供を持って、親としての人生、家族としての社会生活を生きる。
2世代が共に生きる時間を持つ。
子が成長し、自立し、成人した親子関係での新しいステージを生きる。
子が結婚し、子を持つことで、祖父母として、三世代が同時期に生きる
ステージを経験する。

そういう、ある意味、人間として素朴な
シンプルなライフステージを描き、自然にその時代を生き、
世代をつなぎ、そして土に、空気に還る。

せっかくの、一度しかない人生ですから
一生というライフサイクルを、多面的な、複数のステージ、
局面をつなぎ、ピリオドを打つ・・・。
無数の喜怒哀楽の機会、経験を持ちながら・・・。

 

無論
結婚しなくても、子供を持たなくても
仕事や地域を通じて社会とつながり、社会に貢献する人生を
歩めますが・・・。

夫婦や子供との家族・家庭生活は未経験のまま人生を終える・・・。
ちょっと、残念で、ちょっと寂しく思えます。
大きなお世話、余計なコト、ではありますが・・・。

もちろん
離婚も増えており、結婚の難しさを語ってもいます。
でも、失敗があれば、成功や喜びもある・・・。
子どもの事故や病気で悲嘆にくれる人生もあります。
でも、子どもを持つことで、何ものにも代えがたい幸福感・
充実感を持つことができることもどれほどあることか・・・。

 

統計的なことから政策を考えることも重要かつ不可欠ですが、
こうしたメンタリティに関わることは
学校教育でも、もちろん法律でも強制することはできない・・・。

ダイバーシティの権利が当たり前になることは
人権尊重の証明として理解できますが
人が根源的に、親子や家族という社会を形成し、世代を継承していく
存在であることが、次第に軽視されていくとするならば
こんな寂しく、悲しいことはないとも思うのです。

政府の少子化対策。
これは、本来政治が絡む問題ではないことも明らかです。

しかしこうした社会のトレンドを自然に任せるだけでは
問題が大きくなるばかり、後手に回れば改善できる機会を逃してしまう。

その課題について多面的に考えていく。
このブログのテーマです。

 

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