
理想としての地域包括ケアシステムは機能しているか:『長生きしても報われない社会』から(19)
『長生きしても報われない社会 ──在宅医療・介護の真実』
(山岡淳一郎氏著・2016/9/10刊)を用い、
在宅介護と在宅医療について考えるシリーズです。
「第1章 在宅医療の光と影」
第1回:「看取り」でなく「あやめる」情動へ。在宅介護がもたらす社会病理?
第2回:愛情の在り方がもたらす在宅介護殺人事件
第3回:在宅介護政策が孕む介護苦殺人・心中事件リスク
第4回:「認知症の人と家族の会」をご存知ですか
第5回:厳しい在宅介護で魔が差すことがないように必要な「間(ま)」を
第6回:自治体、ケアマネジャー、NPO法人等、信頼できる相談先を!
第7回:川崎幸病院と杉山孝博医師の在宅医療への取り組み紹介
第8回:在宅での自己管理治療のパイオニア、川崎幸病院・杉山康博医師の足跡
第9回:事例から在宅医療・在宅介護の大変さをイメージしておく
第10回:在宅医療・在宅介護の根本的な問題を、クロ現+からも考える
第11回:増える独居者在宅医療・介護に備える社会は・・・
第12回:次第に体力が衰える、認知症特有の病状進行を知っておく
第13回:認知症在宅介護、認知症老老介護のリスクが増える
第14回:在宅医療・在宅介護を可能にする諸条件
第15回:難病在宅医療、生の尊厳性への向かい方
第16回:医療・介護の自己負担・保険料負担、全体を知っておくべき
第17回:高齢者の5人に1人が相対的貧困状態における医療と介護
第18回:在宅医療・在宅介護の一面。施設往診・施設介護の経済合理主義にどう対処すべきか
今回から、「第4章 誰のための地域包括ケアなのか」に入ります。
その第1回(通算19回)です。
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◆在宅医療の現場から視野を少し広げてみよう。在宅医療は、介護と一体であり、
行政のバックアップが欠かせない。病状が悪化すれば大きな病院に患者を送るこ
とも求められる。「かかりつけ医」のいる診療所や急性期病院、訪問看護ステー
ション、介護施設、地域NPO、自治体などのネットワークがひとり一人の患者と
家族を包み込む。そういう環境が整っていることが、安心して在宅医療を受けら
れる前提となる。
厚労省は、このネットワークを「地域包括ケアシステム」と称し、盛んに推奨
してきた。住民が重度の要介護状態になっても「住み慣れた地域で自分らしい暮
らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生
活支援が一体的に提供される」地域包括ケアを構築しなさい、と自治体に呼び掛
かける。市町村に「地域包括支援センター」を設け、保健師、社会福祉士、主任
ケアマネージャーたちが住民の介護相談を受ける体制が敷かれた。全国約1700の
自治体で、似たようなしくみが志向されている。
が、ひと口に「地域」といっても千差万別だ。地域包括ケアの地域とは、中学
校区の約1万人規模を基本単位としているが、ネットワークの形は多種多様であ
る。
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大都市向けのシステムが地方に
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1970年代に日本で初めて「地域包括ケア」を唱えた山口昇医師は、広島県尾道市
の「公立みつぎ総合病院」を中核に老人保健施設やリハビリセンター、介護施設を
つないで実践を積み重ねた。
◆一方、地域包括ケアで評判の高い埼玉県和光市では、保健師やケアマネージャー、
医師、理学療法士に成年後見人、管理薬剤師など多くの職種で構成する「コミュニ
ティケア会議」が重要な枠割をはたしている。
◆福岡県大牟田市では「認知症になっても安心して暮らせる市民協働」を合言葉に、
認知症コーディネーターが見守りや情報提供を担っている。
◆このようにそれぞれの地域特性やリーダーシップによって形は変わってくる。
◆厚労省の地域包括ケアの発想は、もともと「大都市圏」向けだった。それを全国
展開したために画一的なシステムは実態にそぐわなくなった。元厚労省老健局長の
宮島俊彦氏は、退官間もない2012年9月、札幌市での講演で、次のように語ってい
る。
◆「そもそも『地域包括ケア』は、今後高齢者が急速に増える大都市圏を想定した
ものである。当然『30分以内で駆けつけられる・・・』が成り立つ。私のイメージ
はヨーロッパの城塞都市だ。城壁に囲まれた中に住み、そこから農地に通う。効率
が良いと福祉は充実するのだ。十勝のように分散した家を一軒一軒訪問してサービ
スを提供していたら無駄が生じるのは当たり前。過疎地では、高齢者は可能な限り
町の中心部に移り住んでいただく。サービス付き高齢者住宅はそのモデルだ。特養
・老健など介護施設を核に、住宅や介護サービス事業所を集約させ福祉ゾーンを形
成する」。
◆さて、あなたの周りの地域包括ケアのネットワークは、どのように張りめぐらせ
られているだろうか。ネットワークの中心は病院? それとも診療所? あるいは
介護施設? 30分以内に医療や介護のサービスが届く医療機関や介護施設はあるだ
ろうか。地域包括支援センターは介護相談の窓口として機能しているだろうか。
◆いざというときに備えて、身の周りの地域包括ケアのしくみを確かめておいてい
ただきたい。くり返すが、地域といってもさまざまだ。地方の医療、介護を手がか
りに地域包括ケアを取り巻く時代の趨勢、大都市圏にのしかかる「2025年問題」へ
と言及したい。
◆小さな診療所の物語から始めよう。
※次回、<住民による住民のための医療法人> に続きます。
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当初、第1章から第2章に順番に入る予定でしたが、介護よりも医療の視点が
強いので当ブログの目的を考えて、<地域包括>についての章の方を先にした方
が良いかと思い、変更しました。
駆け付け警護ならぬ、駆け付け介護、駆け付け医療を可能にする大都市前提の、
地域包括ケア構想。
その勝手な厚労省構想をここで確認することができました。
大きな問題を抱え、身動きが取れないような状況にある介護政策・介護制度の元
凶がここにあります。
しかし、現状の運用・方針とも明確に異なる点も見過ごせません。
介護や医療などの施設を一つの地域に集約させる構想は実現せず、在宅介護主義
に基づき、医療と介護の分散の方が進んでいるのです。
そして、非効率的な、地域包括システムという概念を推し進め、地域差が生じざ
るをえない政策を競わせている・・・。
人的資源、施設等資源などの格差は無視して、とにかく自治体の責任に転嫁する。
特養は、要介護3以上に入所条件が厳しくなり、モデルとしたサ高住は、民間主
導で経済的にゆとりがある一部の層しか利用できないものになっている。
地域包括という言葉のニュアンスは、なんとなく、ローカルにピッタリのイメー
ジを抱かせますが、実際には、非効率と格差を拡大する厚労省の身勝手な政策の
押し付けにしか思えません。
その地域包括ケアシステム、ネットワークを形成できないのはその自治体の責任、
怠慢、かのように評価するわけですから・・・。
当初想定した大都市圏においてさえ、その取り組みが一筋縄ではいっていないの
です。
一部の地域の成功モデルを取り上げて、どこでもそれが実現可能かのように喧伝
し立ち遅れている自治体にプレッシャーをかける・・・。
いじめに近い行政です。
そしてそのしわ寄せが、介護現場と介護を担う家族と本人に集中されることに・・・。
この書で筆者は、どういう問題提起をしていくのでしょうか・・・。
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<杉山医師が考える在宅介護・医療家族の「七つの苦労」>
(1)介護の精神的、身体的負担
(2)知識不足からくる不安感
(3)周囲の理解不足からくる孤立感
(4)ふつうの生活が送れないストレス
(5)突然の病状変化に対して対応できるかという不安
(6)住宅の環境的な問題
(7)在宅医療、介護に伴う経済的不安
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【『長生きしても報われない社会 ──在宅医療・介護の真実』構成】
はじめに
第1章 在宅医療の光と影
第2章 亡くなる場所が選べない
第3章 認知症と共に生きる
第4章 誰のための地域包括ケアなのか
第5章 資本に食われる医療
おわりに
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【山岡淳一郎氏・プロフィール】
◆1959年愛媛県生まれ、ノンフィクション作家、東京富士大学客員教授
◆「人と時代」「21世紀の公と私」を共通テーマに近現代史、政治、医療、
建築など分野を越えて旺盛に執筆。時事番組の司会も務める。
◆著書:『原発と権力: 戦後から辿る支配者の系譜』
『インフラの呪縛: 公共事業はなぜ迷走するのか』『気骨: 経営者 土光敏夫の闘い
』
『国民皆保険が危ない』『後藤新平 日本の羅針盤となった男
』
『田中角栄の資源戦争』『医療のこと、もっと知ってほしい
』他多数。
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足掛け2年にわたってシリーズ化し、昨年末に紹介を終えたのが
『在宅介護――「自分で選ぶ」視点から』(結城康博氏著)
政府・厚労省の介護政策において置く<在宅介護主義>。
これに非常に疑問を持つ私です。
今回の書では、在宅医療も在宅介護と一体のものとして考えることを基本としており、それ
は当然のこと。
とすると、一層在宅での老後生活と看取りについての困難さが浮き彫りにされます。
そのためということでしょうか。
「長生きしても報われない」という悲観的なタイトルが付いた本書。
が、「長生きすればみな報われるべきなのか?」、「報われるとはどういうことなのか?」。
このタイトルを目にしたとき、率直に第一に抱いたのが、この疑問でした。
お叱りを承知で、根源的なこの疑問を抱きつつ、加えて、先に述べた、在宅介護・医療に限
界とその政策への疑問をベースに、このシリーズを続けていきます。
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本書をシリーズ化する前に、昨年『もう親を捨てるしかない 介護・葬式・遺産は、要らない』
という書を紹介しつつ老後・介護・最期を考えるシリーズを投稿してきました。
その内容と、今回の『長生きしても報われない社会 ──在宅医療・介護の真実』のここまでの
展開の内容とニュアンスが類似しています。
新シリーズの方は、これから実際の医療・介護事例が具体的に数多く取り上げられるので、
実際には異質な書ですが。
『もう親を捨てるしかない』シリーズも並行して、見て頂ければと思います。