高齢者の5人に1人が相対的貧困状態における医療と介護:『長生きしても報われない社会』から(17)
『長生きしても報われない社会 ──在宅医療・介護の真実』
(山岡淳一郎氏著・2016/9/10刊)を用い、
在宅介護と在宅医療について考えるシリーズです。
「第1章 在宅医療の光と影」
第1回:「看取り」でなく「あやめる」情動へ。在宅介護がもたらす社会病理?
第2回:愛情の在り方がもたらす在宅介護殺人事件
第3回:在宅介護政策が孕む介護苦殺人・心中事件リスク
第4回:「認知症の人と家族の会」をご存知ですか
第5回:厳しい在宅介護で魔が差すことがないように必要な「間(ま)」を
第6回:自治体、ケアマネジャー、NPO法人等、信頼できる相談先を!
第7回:川崎幸病院と杉山孝博医師の在宅医療への取り組み紹介
第8回:在宅での自己管理治療のパイオニア、川崎幸病院・杉山康博医師の足跡
第9回:事例から在宅医療・在宅介護の大変さをイメージしておく
第10回:在宅医療・在宅介護の根本的な問題を、クロ現+からも考える
第11回:増える独居者在宅医療・介護に備える社会は・・・
第12回:次第に体力が衰える、認知症特有の病状進行を知っておく
第13回:認知症在宅介護、認知症老老介護のリスクが増える
第14回:在宅医療・在宅介護を可能にする諸条件
第15回:難病在宅医療、生の尊厳性への向かい方
第16回:医療・介護の自己負担・保険料負担、全体を知っておくべき
今回は、第17回です。
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孤独と貧しさのなかで
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在宅医療、介護のニーズが高まるなか、貧困がそこに深い影を落としている。
家計の状態で受けられる医療が変わる。国民皆保険で公平な医療が実現して
いるといわれる日本でも医療格差が広がっている。
◆北区の築後40年を超えた団地の外廊下におばあさんがしゃがんでいた。
パジャマ姿で吹きさらしの廊下に座っている。
福祉関係者から連絡を受けた根津クリニックの任院長が臨床検査技師を伴って
往診に駆けつけた。看護師ではなく、臨床検査士が訪問診療に同行するのは理由
がある。まず看護師の不足。いい人材がなかなか揃わない。むしろ臨床検査技師
のほうが最新の医療機器の扱いにも慣れており、採血もできる。薬剤投与はでき
ないが、そこは医師がやればいい、と割り切って訪問診療に同行している。
団地のおばあさんは、独り暮らしだった。重度の認知症で高脂血症を患ってい
る。団地内に親しい人もいない。相方は猫一匹。這いずって外に出たまま、へた
りこんでいた。要介護度4で通院を拒み、薬は飲まず、脱水気味だった。
任医師はおばあさんを抱えて室内に入る。家財道具らしきものはなく、冷蔵庫
も空っぽ。コンビニ弁当の食べがらだけが散乱していた。任医師が語る。
「ここまでくるとヘルパーも朝昼晩、弁当を買って来て入浴介助で精いっぱい
です。介護保険を限度額まで使っても料理は作ってはいられませんね。ちょっと
目を離せば食事をとらず、栄養失調になってしまう。火の始末や刃物事故の危険
も高まります」
周りがハラハラしながら見守っていると、おばあさんは潰瘍を発症して入院し
た。そして二度と団地には戻らず、消えた。北関東の高齢者介護施設に送られた
らしい。生活保護を受けていたので行政が受け入れ先を探したのだという。
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孤独と貧しさのなかで(1)
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◆生活保護を受けず、月13万円程度の保護レベル以下の年金で暮らす高齢者は、
おばあさんのような状態になっても行き場がない。特別養護老人ホームは数年待
ち、有料老人ホームは高くて手が出ない。在宅で孤立し続けるか、無届けハウス
にすがりつくか・・・。
内閣府の「平成22年版男女共同参画白書」によれば、65歳以上の相対的貧困率
は22%。高齢者の5人に1人以上が厳しい生活を送っている。
※この項残り、次回に続きます。
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本文中では、65歳以上高齢者全体での比率22%としていますが、上のグラフに見るよ
うに、65歳以上単身者に限れば、その倍近い比率になっています。
また、その年間収入は、以下のようになっていました。
女性は4人に1人、男性は5人に1人近くが、年収120万円未満です。
ひとり暮らしの要介護高齢者の増加。
間違いなく今後、この問題が大きくなっていきます。
同じ年金額を受給していても、家賃が必要か、自分の持ち家に住んでいるかで、生
活のレベル・質が大きく異なります。
いずれにしても、特養レベルの利用料で収まらない限り、生活は厳しいでしょう。
そういえば最近、無届ハウスにからむ事件・事故が報じられることが少なく感じま
す。現状はどうなのでしょう・・・。
※次回は、<孤独と貧しさのなかで(2)>、第1章の最終回になります。
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<相対的貧困率とは?>
真ん中の人の額=中央値、の半分=貧困線、に満たない人の割合。
平成24年の調査では、中央値は244万円、貧困線は122万円。
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<杉山医師が考える在宅介護・医療家族の「七つの苦労」>
(1)介護の精神的、身体的負担
(2)知識不足からくる不安感
(3)周囲の理解不足からくる孤立感
(4)ふつうの生活が送れないストレス
(5)突然の病状変化に対して対応できるかという不安
(6)住宅の環境的な問題
(7)在宅医療、介護に伴う経済的不安
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【『長生きしても報われない社会 ──在宅医療・介護の真実』構成】
はじめに
第1章 在宅医療の光と影
第2章 亡くなる場所が選べない
第3章 認知症と共に生きる
第4章 誰のための地域包括ケアなのか
第5章 資本に食われる医療
おわりに
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【山岡淳一郎氏・プロフィール】
◆1959年愛媛県生まれ、ノンフィクション作家、東京富士大学客員教授
◆「人と時代」「21世紀の公と私」を共通テーマに近現代史、政治、医療、
建築など分野を越えて旺盛に執筆。時事番組の司会も務める。
◆著書:『原発と権力: 戦後から辿る支配者の系譜』
『インフラの呪縛: 公共事業はなぜ迷走するのか』『気骨: 経営者 土光敏夫の闘い
』
『国民皆保険が危ない』『後藤新平 日本の羅針盤となった男
』
『田中角栄の資源戦争』『医療のこと、もっと知ってほしい
』他多数。
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足掛け2年にわたってシリーズ化し、昨年末に紹介を終えたのが
『在宅介護――「自分で選ぶ」視点から』(結城康博氏著)
政府・厚労省の介護政策において置く<在宅介護主義>。
これに非常に疑問を持つ私です。
今回の書では、在宅医療も在宅介護と一体のものとして考えることを基本としており、それ
は当然のこと。
とすると、一層在宅での老後生活と看取りについての困難さが浮き彫りにされます。
そのためということでしょうか。
「長生きしても報われない」という悲観的なタイトルが付いた本書。
が、「長生きすればみな報われるべきなのか?」、「報われるとはどういうことなのか?」。
このタイトルを目にしたとき、率直に第一に抱いたのが、この疑問でした。
お叱りを承知で、根源的なこの疑問を抱きつつ、加えて、先に述べた、在宅介護・医療に限
界とその政策への疑問をベースに、このシリーズを続けていきます。
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本書をシリーズ化する前に、昨年『もう親を捨てるしかない 介護・葬式・遺産は、要らない』
という書を紹介しつつ老後・介護・最期を考えるシリーズを投稿してきました。
その内容と、今回の『長生きしても報われない社会 ──在宅医療・介護の真実』のここまでの
展開の内容とニュアンスが類似しています。
新シリーズの方は、これから実際の医療・介護事例が具体的に数多く取り上げられるので、
実際には異質な書ですが。
『もう親を捨てるしかない』シリーズも並行して、見て頂ければと思います。