施設看取りの環境・状況の現実は?:『おひとりさまの最期』から(9)


おひとりさまの最期(上野千鶴子さん著・2015/11/30刊)
本書を紹介しながら、介護や医療と向き合うことが避けられない高齢者の、
人生の終末期に向かっての生き方、暮らし方、そして次の世代への橋渡し
などについて考えるシリーズです。


「第1章 み~んなおひとりさま時代の到来」
第1回
塊世代の高齢化プロセス・おひとりさま化プロセスの違い
第2回ライフステージに必須のおひとりさまステージと予備軍ステージ
第3回:止めようもない「おひとりさま」急増社会
第4回:「子との同居」は余計はお世話
第5回:超高齢社会で日常化した高齢逆縁、離別等おひとりさま形態の多様化
第6回:孤独・孤立背中合わせの高齢者の貧困独居生活
第7回:高齢者は、主観とエゴでなく客観と社会性をもつ暮らしを

「第2章 死の臨床の常識が変わった」
第8回:看取り、看取られ。悔いのないよう日々大切に

今回は、第9回です。
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 2.死の臨床の常識が変わった(2)
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<日本人の死に場所>①

おひとりさまのわたし(上野さん)には、「類は友を呼ぶ」でおひとりさま
の友人が集まってきます。
近年になって見送ったふたりの女ともだちもおひとりさまでした。
彼女たちはひとり暮らしをしていました。
幸いに人持ちでしたので、友人たちが最期まで彼女を支えましたが、最後は
病院で亡くなりました。

日本人の死に場所は現在病院がおよそ80%、在宅が13%、施設が5%で施設
看取りが徐々に増えています。(2010年)
とはいえ、病院がひとの死に場所になった歴史は、そう古くありません。

日本人は長いあいだ畳の上で死んできました。
在宅死と病院死との割合が逆転したのは1976年。
それから怒涛のごとく「死の病院化」が進んできました。
ちなみに、出産の病院化が進んだのは1960年代。
それまではお産も家で産婆さんがとりあげていました。
日本人が生誕と死を病院にゆだねるようになったのは、半世紀足らずのこと
にすぎません。

このところ、施設看取りが徐々に増えてきました。
わたしは施設に調査に行くと、かならず看取りとご遺体の安置所についてお
尋ねするようにしています。
霊安室の場所や雰囲気でその施設の死生観が分かるような気がするからです。

施設のすみっこの暗くて目立たない場所にあって、霊柩車が裏口から出てい
く・・・・・・ようなところは感心しません。
入ったところとちがう出口から出て行くのもせつないものです。
それに同じ入居者の死を、暮らしを共にしたお仲間たちの目から隠す、とい
う態度も感心しません。
死を見たくないもの、見せたくないものという考えのように思えるからです。

韓国で調査をしたとき、グループホームの責任者の方に、「お看取りはなさ
いますか?」と尋ねました。
「はい、やります」「霊安室はどこですか?」とお聞きしました。
「ありません」・・・・・・え?と思って「ご遺体はどこに安置なさるのですか?」
と尋ねたらオドロキの答えが返ってきました。
「ご遺体は病院の霊安室にお運びしてから、ご遺族に集まっていただきます」

それというのも、施設で死なせた、となると残されたご家族の世間体が悪い
から、だそうです。
病院に連れていって最後まで努力を尽くした、ということを他の親族に見せ
るパフォーマンスが必要なのでしょう。

お隣の国だから、と笑ってはいられません。
日本でも施設は看取りの場所ではありませんでした。
特別養護老人ホーム(特養)やグループホームでも、入居者の容態が急変し
たら119番して病院にお連れする、というのがこれまでのやりかたでした。

ある重度の認知症のお年寄りを預かっているグループホームで、「お看取り
はどうなさいますか」と聞いたら、「うちではやっていません」というお返
事。
「提携医療機関はありますか」と聞いたら「ありません」「え、じゃ、どう
なさるんですか?」とたたみかけてお尋ねしたら、そのつど119番して救急車
に来てもらう、そのときの状況でどの病院にかつぎこまれるかはわからない、
と聞いて唖然としたことがあります。

葬儀遺影2

次回も、<日本人の死に場所>その2です。

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「施設での看取り」

これからの終末期のあり方と密接な関係をもつ施設での看取りのあり方が
これからの介護
における大切な課題と思います。
重い課題のようですが、そう重くとらえずに、でも穏やかに、鎮魂、葬送
思いを携えて、対処できるようになっていけば、と・・・。

昨年3月から義母が入居したサ高住は、病院経営をする医師が事業主であり、
施設案内資料でも、死期が迫った折に無条件に大病院に移送はしないことや、

本人や家族の延命への意志などを尊重して「看取り」も行うこと、などをう
たっていました。

それがわたしたち夫婦の願い・思いでもあり、その施設を選択した理由のひ
とつでもあります。
(ただ現実には、義母は入所してから元気になり、死期が近づくどころか、
逆に遠ざかっていくような状況です。)

2014年8月の開所で、既に看取りもあったとのことですが、上野さんが指摘
している霊安室がどうなっているか、とか、死後の対応などについて詳しい
お話は伺っていません。
いずれ折を見てお尋ねしようかと思っています。

施設の個室も、ある意味、終の棲家です。
高齢者がそこに愛着をもって余生を送ることができれば、それも望ましいあ
り方とわたしは思います。
自分にそういう環境・条件が望ましい状態になれば、喜んで選択しようとも
・・・・。
(ただし、ネット環境が整っていることが必須ですが・・・)

施設シニア

次回、<日本人の死に場所>② に続きます

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-『おひとりさまの最期』構成-
1.み~んなおひとりさま時代の到来
2.死の臨床の常識が変わった
3.在宅死への誘導?
4.高齢者は在宅弱者か?
5.在宅ホスピスの実践
6.在宅死の条件
7.在宅ひとり死の抵抗勢力
8.在宅ひとり死の現場から
9.ホームホスピスの試み
10.看取り士の役目
11.看取りをマネージメントする
12.認知症になっても最期まで在宅で
13.意思決定を誰にゆだねるか?
14.離れている家族はどうすればよいのか?
15.死の自己決定は可能か?
16.死にゆくひとはさみしいか?

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