関連図書の変遷から見る、医療・看護・介護からの死の臨床:『おひとりさまの最期』から(14)

おひとりさまの最期上野千鶴子さん著・2015/11/30刊)
本書を紹介しながら、介護や医療と向き合うことが避けられない高齢者の、
人生の終末期に向かっての生き方、暮らし方、そして次の世代への橋渡し
などについて考えるシリーズです。

「第1章 み~んなおひとりさま時代の到来」
第1回
塊世代の高齢化プロセス・おひとりさま化プロセスの違い
第2回ライフステージに必須のおひとりさまステージと予備軍ステージ
第3回:止めようもない「おひとりさま」急増社会
第4回:「子との同居」は余計はお世話
第5回:超高齢社会で日常化した高齢逆縁、離別等おひとりさま形態の多様化
第6回:孤独・孤立背中合わせの高齢者の貧困独居生活
第7回:高齢者は、主観とエゴでなく客観と社会性をもつ暮らしを

「第2章 死の臨床の常識が変わった」
第8回:看取り、看取られ。悔いのないよう日々大切に
第9回:施設看取りの環境・状況の現実は?
第10回:死の臨床のあり方を自ら決めることができたらどうしますか?
第11回:嫁にとっての強制労働「選べない介護」と在宅介護の変化
第12回:救急病棟、ホスピス病棟、在宅ホスピス。臨床死のあり方を選択する終活?
第13回:老衰死させなくなった、しなくなった時代?

今回は、第14回です。

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 2.死の臨床の常識が変わった(6)
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在宅ホスピスのパイオニア

どんな業界にもパイオニアはいます。

日本在宅ホスピス協会の初代会長、川越厚医師は、1994年という早い時期に
やすらかな死―癌との闘い・在宅の記録』を書きました。
「最後まで家にいたい」と強い意思を示した患者さんに伴走した記録です。
がんで家で死ぬなんんて・・・・・非常識、と思われていた時代に、患者さんの
いを支え、こんなにも安らかな死があるのかと率直に驚いた医師の記録で
す。
(略)

1998年には、これも訪問看護師のパイオニア、宮崎和加子さんの
家で死ぬのはわがままですか―訪問看護婦が20年実践した介護の現場から
が刊行。
ふーむ。
まだこのころには「在宅死はわがまま」と言われていたのですね。

2000年代入ってから在宅死関係の書物が続々。

以下本書にあげられた書をリスト化しました。
(著者名は省略しました。大半は表紙画像で確認できると思います。)

家で看取るということ 末期がん患者をケアする在宅ホスピスの真実』(2005年)
家で生きることの意味―在宅ホスピスを選択した人・支えた人』(2005年)
自宅で死にたい―老人往診3万回の医師が見つめる命』(2005年)
在宅死のすすめ 生と死について考える14章』(2010年)
自宅で大往生 「ええ人生やった」というために』(2010年)
などなど、著者はほとんどが医師で、ご自分の在宅医療の実践記録。

在宅死―豊かな生命の選択』(2001年)が示すように、在宅死ってこんなに
豊かだったのか、という現場の医師の感動が伝わってきます。

在宅医療のリーダー、中野一司医師の
在宅医療が日本を変える キュアからケアへのパラダイムチェンジ―“ケア志向の医療=在宅医療”という新しい医療概念の提唱』(2012年)
は、看取りに医療(キュア)は要らない、暮らしを支えるケアがあればよい、
と高齢者医療の哲学とパラダイムを変えようとするミッションを熱く語って
います。


最近では本人と家族のための実践マニュアルも登場するようになりました。

自宅で安らかな最期を迎える方法~本人も家族も満たされる在宅平穏死~』(2013年)
『「在宅ホスピス」という選択 家族に看取られて』(2013年)
「在宅ホスピス」という選択: がん患者は家に帰ろう2013』(2013年)
家族のための在宅医療実践ガイドブック』(2012年)
「平穏死」という親孝行 ~親を幸せに看取るために子どもがすべき27のこと~』(2013年)
家族が選んだ「平穏死」 看取った家族だけが知っている本当の「幸せな逝き方」 (2013年)
わたしだって看取れる』(2013年)などなど。

川越医師の在宅ホスピス・緩和ケア―演習形式で学ぶケアの指針』(2003年)は、
専門職向けの役に立つ実践マニュアルです。


それでもタイトルからあきらかなように、読者対象は主として看取る側でした。
ここに登場したのが、死ぬ本人向けのマニュアルです。

在宅死の心がまえ-幸せな最期を迎えるために』(2013年)
やっぱり、家で死にたいんだ―都市の在宅医療12年』(2008年)
それでもわが家から逝きたい――在宅介護の現場より』(2012年)

主語が家族から本人に変わってきました。

とはいえ、「やっぱり」だの「それでも」ということばがつくところを見ると、
在宅死のハードルは高そうです。
(略)

家族がいても在宅死のハードルは高く「わがまま」だの、「それでも」だのと
言われそうなのに、ましてやおひとりさまでは在宅死はのぞみようもないの
でしょうか?

そこに堂々登場したのが以下の2冊。

男おひとりさま術』の著者、中澤まゆみさんの
おひとりさまでも最期まで在宅―平穏に生きて死ぬための医療と在宅ケア』(2013年)
そして、わたし(上野さん)自身が小笠原文雄医師と共著で著した
上野千鶴子が聞く 小笠原先生、ひとりで家で死ねますか?』(2013年)
2冊とも本人側からのアプローチです

こうやってここ20年ばかりの書物のリストをふりかえってみると、いくつかの
傾向があることに気がつきます。

第一は、病院死から平穏死、在宅死への関心の高まりです。
第二は、医療専門職から家族・患者向けへの読者の拡大です。
第三は、医療系専門書から一般書への流れ
第四は、それにともなって、マイナー出版社からメジャー系出版社の刊行が
増えてきました。そして
第五に、対象が家族から死にゆくひと本人への呼びかけへと変わり、
第六に、ついに「おひとりさま」の在宅死が登場しました。

同居家族のいないおひとりさまに、在宅死は選択肢のうちにない、と思われて
いたところへ、まったく新しい選択肢が登場したのです。

とはいえ、中澤さんの書名にも「おひとりさまでも」とあり、わたしの共著に
も、「死ねますか?」とクエスチョンマークが入っています。
願いはこの「でも」と「?」をはずしたい、ということ。
ですから本書のテーマは「在宅ひとり死」なのです。

入院5
次章、「在宅死への誘導?」に続きます。

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長くなりましたが、 区切りがよいように、ひとまとめに書籍の紹介ブログとし
てしまいました。
死の臨床の意識の変化の状況を、出版された関連図書の変遷から、検証・主張
するページで、この節を終わります。
介護をテーマとした当ブログですが、どちらかというと、医療と臨床との関係
からのアプローチ色が強く、ここではあまり適切ではなかったかもしれません。

介護状態からの看取りと、主にがん医療・がん治療からの看取り。
共通点はもちろんあるでしょうが、歴史の違いを含めて、昨今の介護保険制度
をベースとしたものと医療制度によるものとの違いにも目を向けて考えるべき。
そう思います。

ただ、前回書いたように、わたしには、戦後のしばらくの間は、在宅死が一般
的であったのではないかと思わせる、不確かな記憶があり、筆者の認識とは
やや異なることをメモしておきたいと思います。

介護状態から医療・看護へ重点がシフトするとき、在宅死のあり方にも影響す
るのでは・・・。
その症状などによって、一律に在宅死を理想とし、それを希望するからそうす
るかどうかには、別の判断要素が関わってくる。
そうした認識をもって、在宅死のあり方を検討する必要がありそうです。

038

次回からは、「第3章 在宅死への誘導?」です

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-『おひとりさまの最期』構成-
1.み~んなおひとりさま時代の到来
2.死の臨床の常識が変わった
3.在宅死への誘導?
4.高齢者は在宅弱者か?
5.在宅ホスピスの実践
6.在宅死の条件
7.在宅ひとり死の抵抗勢力
8.在宅ひとり死の現場から
9.ホームホスピスの試み
10.看取り士の役目
11.看取りをマネージメントする
12.認知症になっても最期まで在宅で
13.意思決定を誰にゆだねるか?
14.離れている家族はどうすればよいのか?
15.死の自己決定は可能か?
16.死にゆくひとはさみしいか?

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