新しい家族関係のあり方と介護を考えるべき高齢者:『おひとりさまの最期』から(22)

おひとりさまの最期上野千鶴子さん著・2015/11/30刊)
本書を紹介しながら、介護や医療と向き合うことが避けられない高齢者の、
人生の終末期に向かっての生き方、暮らし方、そして次の世代への橋渡し
などについて考えるシリーズです。


【第4章 高齢者は住宅弱者か?】
第21回:在宅介護誘導の基本理念としての家族主義回帰への危うさ

今回は、通算第22回です。

-----------------------
 4.高齢者は住宅弱者か?(2)
-----------------------

同居家族のいない在宅

 在宅誘導の大きな番狂わせは。「在宅」と「家族との同居」がイコールで
なくなったことです。
介護保険のスタートからすでに15年。

そのあいだに急速に高齢者の世帯構成が変わってきて、同居家族のいない
高齢者すなわちおひとりさまが増えてき(略)ました。
国立社会保障・人口問題研究所の推計(2013年)によると現在高齢者世帯
のうち夫婦世帯、独居世帯共に、それぞれ3割強。
合計で6割以上を占めています。

65歳以上世帯構成推移

夫婦世帯はやがて死別によって独居になる「おひとりさま」予備軍です。
このひとたちが呼び寄せ同居や中途同居によって子世帯と同居する可能性
は著しく低下しました。
また呼び寄せ同居や中途同居の実態が、しだいに高齢者と子世帯の双方で
あきらかになってきました。

家にいて役に立つ年寄りは歓迎されます。
まして年金付きなら持参金を持ってきてくれるようなもの。
孫が小さいうちなら大歓迎でしょう。
ですが夫婦共に長寿化した今日、妻が夫に先立たれる死別率が有配偶者率
を上回るのは70代後半以降。
そのころには孫も大きくなっていますし、老老介護で夫を看取った妻自身
も、大なり小なり心身に不調をきたして要介護状態になっているでしょう。
何もすることのない元気な年寄りに家にいられるのもやっかいなものです
が、要介護状態の年寄りと同居すればもっとたいへん。
家族介護の負担の果てに、「すまないけど、家から出て行ってほしい」と
なりかねません。
行く先は施設です。

家があるのに、家族がいるのに、施設に送られる・・・・
こんな不条理があるでしょうか。
いえ、もっと正確にいえば、家に同居家族がいるからこそ、その家族の意
思決定で施設に送られる・・・・・
それが大半の施設入居の実態であることを現場で知りました。

今日の施設は、行政が困窮高齢者のために何もかも決めたかつての措置時
代とちがって、身寄りのない老人を収容する場ではありません。
ほとんどの場合、家族のいる高齢者が、家族の意思決定で入居します。
同居したばっかりに・・・・自分の家から出て行かなければならないとしたら?
それなら最初から同居しなければよかったのに、という気持ちから、
おひとりさまの老後
』でわたしは、「おかあさん、いっしょに暮さない
の?」
という子どもからの申し出を「悪魔のささやき」と呼んだのでした。

そして、施設に入居しているお年寄りが「家に帰りたい」というのを、「家
族のもとに帰りたい」と同じではないのではないか、「(たとえ誰もいな

ても)自分の住まいに帰りたい」という意味ではないか?と疑ったのでし
た。
8年前の疑念は、今や確信に変わりました。

kai16
------------------------

 呼び寄せ同居、中途同居予備軍的な、独居高齢者や高齢夫婦がどの程度いる
か分かりませんが、すべてが「悪魔のささやき」でそうなるとは言えないでし
ょうね。

基本的には、家族関係・親子関係のあり方が、子育て、自立、別世帯・別家族
形成のプロセスを経る中で、どのように変化していくか、あるいは、親世帯が
最期を迎えるまでの家族関係をどのように維持、あるいは、変化させていくか
・・・。

それを、しっかり互いに意思表示し、確認し、それに沿って実践していくか、
の問題と言えます。

仮に、自分では日常生活が困難で、誰かの介護・介助を必要とする場合、ど
うするのか。
その方法をやはり高齢者自身が、よくよく考え、希望が叶うように準備し、
手を打っておくことが理想です。

これからの高齢者(ということは、今自分が介護を必要とするような年齢・
年代ではないと思っている人たちも含んでのことですが)は、そこまで家族と
の関係、親子関係のあり方を考え、備えるべき、そう思います。

「たとえ誰もいなくても自分の住まいに帰りたい」と確信したという上野さん。
では、誰もいない自分の住まいで、介護をどのように受けて、最期を迎えるま
でどのように暮らしていくのでしょうか、いけるのでしょうか・・・。

本書で上野さんがその方法・対策などを提示・提案していくことを目的として
いるわけですが、わたしの考え、視点と異なる点もありその違いにも焦点当て
て、引き続き見ていくことにします。

老1

次回は、<自助と共助> です。

------------------------

-『おひとりさまの最期』構成-
1.み~んなおひとりさま時代の到来
2.死の臨床の常識が変わった
3.在宅死への誘導?
4.高齢者は在宅弱者か?
5.在宅ホスピスの実践
6.在宅死の条件
7.在宅ひとり死の抵抗勢力
8.在宅ひとり死の現場から
9.ホームホスピスの試み
10.看取り士の役目
11.看取りをマネージメントする
12.認知症になっても最期まで在宅で
13.意思決定を誰にゆだねるか?
14.離れている家族はどうすればよいのか?
15.死の自己決定は可能か?
16.死にゆくひとはさみしいか?

-------------------------

(投稿済みブログリスト)
「第1章 み~んなおひとりさま時代の到来」

第1回:
塊世代の高齢化プロセス・おひとりさま化プロセスの違い
第2回:ライフステージに必須のおひとりさまステージと予備軍ステージ
第3回:止めようもない「おひとりさま」急増社会
第4回:「子との同居」は余計はお世話
第5回:「超高齢社会で日常化した高齢逆縁、離別等おひとりさま形態の多様化
第6回:孤独・孤立背中合わせの高齢者の貧困独居生活
第7回:高齢者は、主観とエゴでなく客観と社会性をもつ暮らしを

「第2章 死の臨床の常識が変わった」
第8回:看取り、看取られ。悔いのないよう日々大切に
第9回:施設看取りの環境・状況の現実は?
第10回:死の臨床のあり方を自ら決めることができたらどうしますか?
第11回:嫁にとっての強制労働「選べない介護」と在宅介護の変化
第12回:救急病棟、ホスピス病棟、在宅ホスピス。臨床死のあり方を選択する終活?
第13回:老衰死させなくなった、しなくなった時代?
第14回:関連図書の変遷から見る、医療・看護・介護からの死の臨床

「第3章 在宅死への誘導」
第15回:
社会学者の社会責任論の一面性・一義性への疑問
第16回:自分のサイフを持つようになった年金受給高齢者。年金制度の現状を確認
第17回:認知症高齢者は、患者か、要介護者か。かかりつけ医も意味不明の医療・介護一括法
第18回:医療・介護から考える高齢者の社会性と往生際?
第19回:看取りが介護職員の達成感にもなる介護施設での最期
第20回:病院死、施設死、在宅死、多様な選択死(?)。選ぶのはどれ?


--------------------------------
(本書で紹介された参考図書)





関連記事一覧