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ワーク・ライフ・アンド・ケアバランスに備える:『老い方上手』「ビンボーばあさんにならないために」(1)樋口恵子さん著から

先に、『老い方上手』(WAVE出版)という図書から
大熊由紀子さんによる第2章「認知症400万人時代」をお借りして
認知症について以下のように、7回にわたり連載しました。

1回目 ⇒ 認知症をめぐる5つの誤解
2回目 ⇒ デンマークの認知症事情を知る
3回目 ⇒ スウェーデンの認知症事情を知る
4回目 ⇒ フランスのユマニチュードを知る
5回目 ⇒ 日本の認知症事情(1)
6回目 ⇒ 日本の認知症事情(2)
7回目 ⇒ 日本の認知症事情(3)認知症対策の変換

今回は、同書の樋口恵子さんによる第1章 「ビンボーばあさんにならないために
から、2回だけ、介護についての記述部分を紹介したいと思います。

その1回目は・・・

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<女性も人生を自分で創る>

(略)

私は、このごろ、今ライフスタイルとして重要な3本の柱は、
ワーク・ライフ・アンド・ケアバランス」だと思っています。
子育て・介護というケアの要素が社会に根づき、三位一体の社会を作って
いく中で、ある意味で男性も解放されていかないとほんとうではないと
思っています。

<なぜに貧しい女性の老後>

(略)

その後、50歳に差しかかるにしたがって、再就職した人も含め、やがて
定年が見えてくる正規雇用の人たちの生き残りを阻む最後のすべり台が、
年間14万人という介護離職者です。
これは、ついこのあいだまでは女性が圧倒的比率を占めていましたが、
近ごろ男性の比率が増えはじめています。もともとは介護離職の9割が、
妻や嫁を中心とする女性でした。

今の50代前半の人たちが生まれたころは、じつは日本で少子化が劇的に
すすんだ時期でした。その彼らが、ついに介護責任世代に差しかかって
きています。今の50代世代は、平均して兄弟2人しかいません。

われわれ70~80代の老親世代では、その親を介護士ないですんだ人が
それなりにいます。なぜなら、親が5人ほど子どもを産んでいてくれた
からです。だから長男夫婦だけでよかったんです。次男や三男の妻は
意外と介護していませんでした。見舞いに行って、ちょっといい顔して、
帰りは米を積んで帰ってくるということで、長男の妻たちに憎まれた
のが都会に住む次男、三男たちでした。

ところが今の50代からは次男、三男がいなくなりました。いてもごく少数
派になりました。総長男・総長女社会に、50代の人から入ってきている
のです。つまり、完全に親の介護から逃げられる人がいなくなりつつあっ
て、本格的な、大介護時代開幕のベルが鳴っているのです。

(次回に続きます)

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「自分の人生を創る」という表現。
そう思います。

(私の別のブログ、世代通信.net もその考えを基本にしています。
樋口さんのこの第2章の女性高齢者の生き方をテーマとした部分は、
この世代通信.net のシニアと女性のカテゴリーの中で、参考にさせて
頂く予定です。)

これまでも何度か、私自身の介護への関わり度について書いてきています。
明治40年と大正2年生まれの両親は、2人共93歳でなくなりましたが、7人
の子をもうけ、内2人は小さいうちに死亡。2女3男の5人を育て上げました。

親との同居と介護は次兄夫婦が担当してくれ、両親とも重度の認知症と
なり、父は自宅で、母は施設で亡くなりました。

私を含め、4人の兄弟姉妹は、介護を担当することなく、その面では、
ある意味、気楽な人生を送ってきています。

しかし、私の妻は2人姉妹の長女で、両親は早くに離婚。
父は70代で施設に入り、亡くなりました。

母(私には義母)とは、母の土地に私たちが家を立て、母が60歳頃から
同居。
長く働いた母の食事や家のことは、すべて娘(妻)が担当。
なに不自由なく暮らしていましたが、昨年93歳の時に2度めの脚の骨折・
手術・入院・リハビリを経て、要介護1の認定を受け、私たちの健康状況
なども踏まえ老々介護がムリと、この3月からサ高住に入居してもらいま
した。
母は今は落ち着き、妻は体調があまり良くないのですが、毎週1回、好きな
食べ物を持って一緒に訪問している状況です。

私たちには3男がいますが、初めから、私たちの跡を継いでもらうものは
ないから自由に生きて!と伝えてあり、今全員遠くに離れて生活しています。
この9月に三男のところに子どもが出来る予定で、全員父親となります。

私たち夫婦は、できるだけ子どもの世話にはならないようにしたいと日々
思い、いざとなったらどうしようか、普段の会話で、まだ真剣度が薄い
シミュレーション話を冗談半分・本気半分でする程度です。

妻の知人・友人やご近所の同世代の家では、多くの奥さん方が、ここ数年で、
介護した老親を見送っています。

私の両親も、妻の両親も、そして友人・知人やご近所の見送られた老親も、
恐らく、だれも自分の親の介護の経験はなく、自分はしっかり介護して
もらった末旅だったか、まだまだしっかり介護してもらった後に旅立つか、
どちらかになるわけです・・・。

シニア女子

ところで、よその老親の話を時々耳にするのですが、意外に、お嫁さんに
対して威張っているお姑さんが多いようです・・・。
うちでも、義母の娘に対する態度・もの言いにもそれを感じます。
女性なのに、と思うのですが、その原因がよくわかりません。

生まれてきた時代の社会的環境・条件と個人個人の生き方の違いが
介護との関わりの格差を大きく生み出しているわけですが
介護を受ける高齢者の意識・認識は、今、そしてこれから、
どうであり、どうなっていくのでしょう・・・。

これからの世代では
ケアの領域に、出産・育児・保育の領域でのケアも入ると、樋口さんは
言っています。

少なくとも、若い世代には、出産・育児・保育のケアについての不安・
心配がない社会基盤、社会保障制度を形成することに何らかの形で
貢献する責任が、高齢者にもあるのでは・・・。

私たちは、できる限り我慢するから・・・。
と、そう思います。

そして、介護離職問題。

企業サイドの責任として福利厚生制度の拡充を求める声が大きいのですが
まず考えるべきは、介護を受ける立場の高齢者が、今からでも、現状の
生活費を少しでも切り詰めるなどし、介護費・生活費の備えを考え、
介護を頼む人に、それらを託すこと。
もちろん、経済的にゆとりがある人は、要介護状態になった時にどうして
欲しいか、家族や関係する人に伝え、理解しておいてもらうこと。

介護を担当すべきと認識している人は、そういう状況を早めに想定し、
現状の仕事を継続して介護に携わるか、別の仕事に替わるか、介護事業者
をどのように利用するかなど、早めに想定されること、想定すべきこと
などを調べ、方法・方策の選択肢をいくつか用意しておく・・・。

その中には、企業や職場と話し合うこと、介護する親との話し合いなど
も入ってくるかと思います。

自分の親に対する介護への取り組み方、スタンスは、自分の子どもも
それを見ているわけです。

陶芸

単身の方々が担う介護。
これも厳しいものがあります。
自分の人生は自分で創るのですが、その人生のプロセスに親の介護と
いう生活が加わった場合。
それも自分の人生として創っていくことになります。

なかなか思うようにならないのが人生ではありますが
思うようにしていくのも人生。

お互いに、頑張って自分の人生を創りあげていきたいですね。

 

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