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介護不安を取り除くために、聞く、調べる、知る行動力・社会性を:『男性漂流』<第3章・介護がこわい>から(5)

中年男性が苦悩の淵に追い込まれている数々の問題の中から、
「結婚」「育児」「介護」「老い」「仕事」という5つのテーマを取り上げた
男性漂流 男たちは何におびえているか』(奥田祥子著:講談社+α選書・2015/1/20刊

その<第3章 介護がこわい>を引用紹介しながら、男性も親の介護を担う
ことが当たり前になり、避けられなくなり、義務化していく今とこれからを
考えるシリーズ
第1回:ケアメン、男性介護が当たり前の時代
第2回:悠々自適な「中年パラサイト」から介護生活へ暗転
第3回:増えるシングル男性介護者。男性よ家事力を!
第4回:家事力強化、介護知識、介護休業制度。介護生活への備えを
今回は、第5回です

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 シングル男性介護者の困難
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要介護度が上がり、しかも認知症を発症しているケースでは、一人で
親の介護にあたる独身男性の苦悩は一層深刻だ。
 彼らには不慣れな家事に加え、仕事を続けることの困難が大きな壁と
してはだかる。
 その結果、離職を選ばざるを得ないシングル男性介護者は年々、増加
しているのである。

2013年春、当時42歳のYさんに、知り合いの福祉関係者者の紹介で
会った。「周囲の人に心を閉ざしているから、難しい・・・」とは聞い
ており、会ってもらうまで半年以上かかった。

 東京の下町の小規模工場が点在する地域に、築40年近くの平屋1戸建て
賃貸住宅に、73歳の母親と2人で暮らす。
 機械工学系の専門学校を卒業後、従業員10数人の機械部品製造会社に
勤務していたが、2年前に母親が認知症を発症。
ある日、近所のスーパーで母が万引きをしたと知らせ。その頃、徘徊
などもあり、アルツハイマー型認知症と診断。

会ったのは、母親が週2回、デイサービスに通っている日。
内気な性格ということもあるかもしれないが、終始うつむき加減で、
目の下のくまも目立ち、かなり疲れ切った様子だった。
認知症診断直後は「要介護1」だったが、わずか1年間で、歩行が困難
で日常生活全般において介護が必要な「要介護3」まで悪化。
10年程まえからの膝関節症と認知機能障害からの転倒などで両足が不
自由になってのことという。

小学5年の時に両親が離婚。
母親が、自分と妹を育て上げてくれた。
宮城県に嫁いだ3歳下の妹は、同居する義母が病弱で、夫もいい顔を
しないので、その援助をきっぱり断ったという。

介護者になり、まず戸惑ったのが家事。それまでは食事の支度から
掃除、洗濯まで、すべて母親任せ。かつ、収入も少なく切り詰めた生
活をしており、保険適用外のホームヘルプサービスを利用する余裕な
どなかった。
「恥ずかしい話ですが、お茶一敗、自分で入れたことがなかった・・」

<悩んだ末の辞職>
家事は、妹に電話で教えてもらいつつ、初心者向けの料理の本を買
って読み、少しずつできるようになった。
 が、母親の要介護度が上がっていくにつれ、歩行や排泄、入浴の介
助などに費やす時間が増え、心身の疲労を極めていった。
 
 Yさんは、逡巡の末、2012年夏に会社を辞めた。
「職場で寝不足のためにぼーっとしたり、急にイライラ・・・。遅刻
や単純ミスを連発。仕事も介護も中途半端になると思い、3か月ほど
悩んだ挙句・・・。
 辞めた後の暮らしも不安だったが、仕事も一人前にできない自分が
情けなく・・・。独身なので、妻子を養っていかねばならないという
縛りもなく、結婚していなくてよかった、と・・・」

 独身ではあっても、家計を担う男性が辞職するというのは、そうた
やすくできることではない。

母親を介護施設に入れて、仕事を続ける選択は考えなかったのか

「施設に放り込むなんて、まるで『姨捨山』みたいでとてもできませ
んよ。(略)一番は、女手ひとつで私たちを育ててくれた母に寂しい
思いをさせたくないからです。それに本人だって・・・・・・たまに『私を
見捨てないでよ』と言うんです。それって、私と一緒に住み慣れた自
宅で暮らしたい、ということだと思いますから」
 
 会った頃は1か月ほど前に失業保険が切れ、母親の年金と、自分の
貯金を取り崩して生活する日々。離職してからは、介護サービスの
利用回数も抑えるようになったという。
「いつ飯が食えなくなる日がくるのか、母共々のたれ死ぬんじゃない
か、と考えて夜も眠れないことがよくあります。」

<介護疲れの果ての暴力>
3か月近く過ぎた頃だった。
 彼を紹介してくれた福祉関係者から気になることを聞かされる。
「Yさんは大変なことになって、一度病院に運ばれたみたいです。」
 さっそく会いたい旨ショートメールを送ったが返事はなし。
 ようやくそれから3か月ほど後の2013年秋に再会。
 
 自宅に迎え入れてくれた表情は穏やかな表情だった、が・・・。
 その後、母親の状態は認知症の進行による記憶障害や問題行動が
顕著になり、「要介護4」に上がった。
 自分のことを息子と認識できない状態に。

 そして、彼と最初に会ってからわずか1か月後のこと。
「母を殴ってしまったんです・・・・・『このやろう、もうお前なんか
死んじまえ』って大声を張り上げながら・・・・・。母を寝かしつけよ
うとした時、いきなり『痛い、何するの?誰か助けて!』と泣き叫
もので・・・・・。しんどくて頭が混乱していたのもあって、思わず
カッ
となって手が出ていた。」
「それ以降、地域の人たちの自分を見る目が恐ろしくなって・・・。
それまでもいい年をした40代で無職の独身男が母親の介護をしてい
るというだけで、どこか変わり者のように見られていたと思う。
 それがこの出来事で”危険人物”のレッテルを貼られたような気が
して・・・・・」

母親に暴力をふるってしまったという強い罪悪感に苛まれ、Yさん
はいつしか睡眠薬なしでは眠ることができなくなっていた。

<現実逃避の「自殺未遂」>
悲惨な出来事は、それだけでは終わらなかった。
 その1か月後、Yさんは常用していた睡眠薬の残りすべて30錠余り
と、母親が医師から処方されていたものを合わせて60錠以上を焼酎
で一気に飲み干してしまう。
 息子の異変に気付いた母親が大声で叫び、駆け付けた近隣住民が
救急車を呼んでくれた。
 翌朝目が覚めた時は、病院のベッドの上だった。

この1件から4か月は過ぎていた日に会う。
 落ち着いた面持ちに見えるのは、時間の経過のせいだけではない
ように思えた。現在の介護生活について尋ねてみた。
「大変なことを経験されましたけれど、私から見てご様子が穏やかに
見えるのですが、何か最近、変化はありましたか?」

 「実は・・・・家族を介護している人たちのグループの会に参加する
ようになったんです。(略)少しずつ、気持ちが楽になったというか、
みんな厳しい状況でも頑張っていることを知って、勇気をもらいまし
た。今はまず、生活を立て直さないといけないと考えています。」

 Yさんは、ケアマネジャーの紹介で、都内の家族介護者の自助グル
ープの会合に2週間に1回、通い始めてから1か月半が経つらしい
 ここでの活動が、彼を孤独の淵から救い出してくれたようだった。

<母親の入所と再就職>
 また近況を教えてほしい、と伝えていたのだが、2か月ほど過ぎた
2013年末にもらったショートメールには、母親の介護施設への入所
を申請し終え、年明けから再就職に向けて活動を始める、とあった。

そして2014年7月下旬、Yさんからの電話で母親を都内の特別養護
老人ホームに入所させたと聞いた。
申請から半年余りで入所できたのは運が良かったと話し、声から
暗い感じは全く感じられなかった。

それから2か月後の9月下旬、彼の自宅で会う。
入所後の母親の様子を聞く。
彼はすでに新たな道に向かって歩み始めている。
再就職は難航しているようだったが、それから1か月後には、まずは
契約社員としてだが、小さな金属加工会社で雇ってもらえることにな
った。

この最後の折り、母親が要介護状態になる以前に、結婚を約束して
いた女性がいたことを知らされた。
 介護生活が進む中、疎遠になり、女性から別れを告げられたらしい。

老人木陰
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長くなってしまいました。
どう、お読み頂けたでしょうか・・・。

私の受けた感じ。
随分、遠回りしたなぁ、という感じです。

そして、親離れ、子離れできない親子関係。
愛情と言えば愛情ですが、「愛」にもいろいろあると思うのです。

結婚せず、親と同居をし続ける子どもの増加。
どうも、「面倒」「便利」という価値観(これを価値観というのか
迷うところですが)が、無感覚のうちに広まってる時代と感じます。

それと、ある意味、社会を知らない人も増えている。
この社会性とは、地域や人とのつながりがある、ということだけ
を意味するのではありません。
一般的には、そうですが・・・。

「自己責任」というものではない、自立した個人としてのいろいろ
調べる能力、判断力、行動力を備えている、という意味での社会性、
とでも言いましょうか・・・。

大人になってからの教育や学習機能が、現代には欠けていると言え
るのかもしれません。
ちょっと情けないのですが・・・。
本来それらは、義務教育や高校レベルの教育でなされるべきなのです
が・・・。

情緒的な内容でここは終わってしまいますが、いずれまたこのあたり
のことは触れたいと思います。

 

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