福祉循環型社会システムは景気回復につながるか?:『在宅介護』より(11)

介護業界の方々と、介護者・要介護者、介護に関心をお持ちの方々に是非とも
お読み頂きたい書。
在宅介護――「自分で選ぶ」視点から (岩波新書)
(結城康博著2015/8/20刊)

このブログでは、本書をできるだけ引用し、私の狭く、少ない経験から
意見を添えさせて頂き、これからの介護を考えていきます。
<序章>の一部の紹介から始め、次に<最終章>の提言を紹介。
その後<第1章>に戻り、順に進めていきます。
長いシリーズになります。

今回は第11回

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 最終章 3.これからの政策と財源論の方向性(2)
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<資産を把握しての負担増>
2016年1月から施行される「マイナンバー法」だが、個人資産を把握すること
はできない。
今後、自治体が個人の預貯金などを把握するには、預貯金と連動させるなどの
法改正が必要になることから・・・。

筆者は、個人情報の扱いには最善の留意を図ることを条件に、「マイナンバー」
と預貯金の連動は実施すべきと考える。
そうなれば、数千万円の預貯金を保有している高齢者から、さらなる保険料を
徴収することが可能となり、もしくは、たとえば5000万円以上保有者からは、
介護保険自己負担3割といった負担増を課すことも可能となる。
(略)

現在の社会保険制度は、基本的には年金額といった収入(フロー)部分でしか
負担増の割合を決められない。
たとえ1億円以上の預貯金があっても、毎月の年金額5万円前後といった国民年
金受給者であれば、社会保険料は低く抑えられている。
しかし、一定の高額な預貯金保有者には、多額の保険料や自己負担を課してい
社会保障制度に変革していかなければ、「高齢者間の再配分(世代内再分配)」
の実現には至らない。
同じ時代を共にした高齢者間で、「資産(ストック)」「所得(フロー)」の
再分配機能を高めていくことで、後の世代に負担を軽減させる効果が期待できる。
今後の介護保険財政の財源として、一定の預貯金を保有した高齢者に負担増を
課していくシステムは不可欠となろう。

<財政赤字と言いながら>
財政赤字が1000兆円に膨らみ、日本は世界の中でも財政運営が厳しい状況下
にある。
 
そのため、社会保障の「充実」は難しく、医療や介護といったサービスを削
る議論が正当化されつつある。
 にもかかわらず下がり続けていた公共事業費も、当初予算と補正予算を合わ
せると微増の兆しが窺える。
(略)
 たしかに、北海道新幹線を開通させることは必要かもしれないが、介護サー
ビスを「充実」させていく方が、新たなインフラ整備よりも社会全体のニーズ
は大きいと考える。
 今後、新たなインフラ整備に公費を投入することは、過去の誤りを繰り返す
だけである。
 同じ財政出動をするのであれば、介護など福祉部門へ集中的に「投資」して、
福祉サービスを充実させるべきであろう
 いわゆる「福祉循環型社会システム」をめざすことが結果的に福祉従事者
の雇用拡大と賃金引上げにつながり、「内需経済」が活性化して景気回
復につ
ながるであろう。

 なお、少子化によって限られた若い世代の労働人口を、福祉産業に大きくシ
フトさせて雇用形態を変えていく必要もある。

<「充実」を前提に>
これまで消費税は、3、5、8、10%と引き上げられていくプロセスを踏
んでいるが、超高齢化社会を考えれば、さらに12、13、15,20%と引
き上げられていくことはいたし方ないと、筆者は考える。
しかし、それには、施策の「充実」が絶対条件になる。
社会保障政策上、「充実」と「維持」では、まったく意味が異なる。
「充実」とは、各種保険料負担の緩和、サービスの向上、自己負担増の回避
など、国民負担を軽減する、もしくはサービスの質と量を向上させていくこと
を意味する。
それに対し、「維持」は、単なる現状維持であって、国民にとってサービス
水準はまったく変わらないことになる。

 ましてや、赤字国債で工面されていた社会保障の財源を、消費増税によって
置き換えるなどしていては、保険料の引上げや自己負担増がさらに求められる
ことになりかねない。
 消費増税を実施してもサービス水準は現状維持で、しかも保険料や自己負担
増も課せられるとすると国民はその効果を実感できない。
 現状の赤字国債は何らかの対応が必要であることは言うまでもないが、消費
税を段階的に引き上げても、サービスの向上や負担増の回避ができなければ意
味がない。
 消費税の増税分の収入は、あくまでも社会保障費の「充実」のみに充当して、
赤字国債への対応に関しては別の財源を考えていくべきである。

※次回、4.あるべき日本の介護システム(1)
<単純な仕組みに変革すべき><医療と介護の概念の違い>
に続きます。

「最終章 これからの在宅介護はどうあるべきか」構成
1.介護における格差
2.産業としての介護
3.これからの政策と財源論の方向性
4.あるべき日本の介護システム
5.介護は社会投資である

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国民年金受給者は、保険料が低く、受給年金額も少ないので、ここでの問題
は、国民年金・厚生年金制度のありかたを変える必要性に焦点を当てるべき
で、適切な論理とは思えません。
介護保険の性質と年金制度の性質は異なるので、再分配という意図は分から
なくはないのですが、高額預貯金を保有するに至った経緯などが、すべて無
視されるのには、若干、違和感があります。

次世代の負担を引上げることには当然反対ですが、かといって単純に、高齢
者間格差を理由に、その中での再分配が必然、とするのも釈然としない。
基本は、受益者負担は公平に、という思想であろうと思うのです。

まあ、致し方ないこととではありますが・・・。

「「福祉循環型社会システム」をめざすことが・・・「内需経済」が活性
化して景気回復につながるであろう。」とするのは、随分イージーな感じが
します。
筆者の言う循環型経済では、保険料と税収で、サービス費用と介護従事者
の賃金がほとんど賄うことを意味し、付加価値は生み出しません。
公務員・準公務員的な従事者が増えるばかりで、純粋な民需経済には結び
つかない可能性が高いはずです。
加えて、30~50年後というスパンで見たとき、高齢者人口が減少に向かう
社会を想定すると、この対応が禍根を残すことに繋がりかねないかもしれま
せん。
また、私は、若い世代が介護ビジネスにいきなり入ってくることには反対
です。彼らが自分の人生を投資する先は、他に多々あります。

また、「充実」論ですが、現実的には、圧倒的に数が増える要介護者への
対応にコストを振り向けることが先で、サービスの充実まで簡単には回らない。
これも当然想定されることです。

財政のあり方も、当たり前の内容にとどまり、目新しさはありません。

 この3.これからの政策と財源論の方向性>では、筆者に今までにない
観点からの提案・提言を期待していたのですが、我田引水的なラフな内容に
とどまってしまった感があります。
それも想定内ではありますが・・・

では、どうするのか? どうすべきか?
前回の繰り返しになりますが・・・。

根本的に高福祉・高負担政策への転換を検討し、2025年度頃には、その道筋
と方法・政策が固まり、移行している・・・。
そういう議論を開始し、合意形成していくべき段階にあると考えます。
当然それは、少子化・超高齢化という現実をしっかりと理解し、世代を
どう引き継いでいくか、数十年後、を見据えての取り組みとすべきものです。


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【結城康博氏プロフィール】
1969年生。淑徳大学社会福祉学部卒
法政大学大学院修了(経済学修士、政治学博士)
介護職、ケアマネジャー、地域包括支援センター職員として
介護系の仕事に10年間従事
現在、淑徳大学教授(社会保障論、社会福祉学)
厚労省社会保障審議会介護保険部会臨時委員を4年間務める。
社会福祉士、介護福祉士、ケアマネジャー有資格者
<著書>
『医療の値段ー診療報酬と政治』
『国民健康保険』『孤独死のリアル』
『日本の介護システムー政策決定過程と現場ニーズの分析』他
介護―現場からの検証 (岩波新書)』を

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【『在宅介護』からシリーズ・ラインアップ】
第1回(序章):『在宅介護』は、介護業界と介護に関わるすべての方々にお薦めしたい図書
第2回:家族構成の変容が、家族による在宅介護を困難に
第3回:変わりつつある、介護施設・在宅介護への認識
第4回:結城康博教授の、これからの介護のあり方への提言に期待して
第5回(最終章):多重介護、年金受給額差、高齢者間経済格差にみる介護問題
第6回:介護保険制度と年金制度運用方法をめぐる課題
第7回:これからの混合介護のあり方を考える
第8回:介護事業の性質から考えるべきこと
第9回:介護事業がFCビジネスに不適な理由
第10回:介護保険料・公費負担・自己負担増。介護保険制度と財源めぐる課題
第11回:福祉循環型社会システムは景気回復につながるか?

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