介護制度コストと介護職賃金は社会投資か?:『在宅介護』より(14)

介護業界の方々と、介護者・要介護者、介護に関心をお持ちの方々に是非とも
お読み頂きたい書。
在宅介護――「自分で選ぶ」視点から (岩波新書)
結城康博著2015/8/20刊)

このブログでは、本書をできるだけ引用し、私の狭く、少ない経験から
意見を添えさせて頂き、これからの介護を考えていきます。
<序章>の一部の紹介から始め、次に<最終章>の提言を紹介。
その後<第1章>に戻り、順に進めていきます。

今回は、通算14回、最終章の最終回です。

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 最終章 5.介護は社会投資である
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<福祉と公共事業の乗数効果>
 大幅に賃金水準を改善させるためには、財源論を避けて通れない。
2025年介護保険給付費は、現在の約10兆円から2倍の約20兆円に伸びる
と推計され、GDP比3.3%に相当する。
介護業界の粗い推計での平均的な人件費率は、低く見積もっても約60%。
2025年の約20兆円のうち約12兆円を人件費と仮定すれば、現状より20%
の賃上げを実施するにしても、約2.4兆円増やして約22.4兆円もの給付費を
まかなっていかねばならない。

そのためには、「介護」を、社会保険という「支え合い」「負担」という
概念から脱却させ、2.4兆円の社会投資と考えれば、賃金引上げの実現も不
可能ではないだろう。
(略)
昨今、公共事業による「乗数効果」はそれほど期待できず、(略)その結
果、民間投資を減少させてしまい景気回復には効果がないと評されること
もある。
 
<介護士による内需の牽引>
2012年において約169万円の介護士が現場で従事している。
しかも、介護職員の年齢構成は、施設などの介護職員は、30~49歳が主流
となっているが、訪問介護員においては、60歳以上が約3割を占めている。
また、男女別に見ると、どちらも女性の比率が高く、男性については40歳
未満が主だが、女性は40歳以上が過半数を占めている。
しかも、介護分野の1年間の離職率は全産業と比べても高い。

一方公共事業では、「外国人技能実習制度」の活用が進められており、そ
のために支払われる賃金の一部は内需経済の活性化には結びつかず海外への
送金へ回ってしまう。
つまり、介護従事者に支払われる賃金は、外国人介護士は限りなく少ない
ため、日本国内で使途されるか貯蓄に回されるであろう。
結果、少なくとも賃金と個人消費から考えても、公共事業よりも福祉・介
護分野に財政出動したほうが「乗数効果」は期待できることになる。
ただし、これ以上保険料を上昇させると高齢者の負担感が増してしまう。
そのため、介護人材の給与面の改善原資は、公費を念頭に考えるべきでは
ないだろうか。

<「負担」ではなく「社会投資」>
超高齢社会において、現役世代にとっての親の「介護」の観点から、介護
サービスを安定化させることは、「介護離職」に歯止めがかかり、労働力の
維持にもつながる。
 介護を「負担」ではなく「社会投資」とする発想の転換によって、介護保
険財政に多くの公費を投入することは正当化されるのではないだろうか。
また、軽度者のサービスを拡充することで、重度化防止につながることか
ら、安易な軽度者のサービスカットは、中長期的に考えると介護保険財政に
マイナスにになるという視点も忘れてはならない。
軽度者へのサービスを維持・充実することで、要介護高齢者の重度化が防
げれば、「投資」としての機能は充分に果たせるであろう。

さらに、アジア諸国においては、20年後、30年後高齢社会に突入すること
が予測される。
 その時に日本の介護産業のノウハウを、外需を目的とした輸出産業にして
いくことも可能ではないだろうか。
1980年代後半から現在にかけて、日本は北欧諸国から多様な形で福祉関連
サービスを輸入してきた。
今後、世界的に「介護」の先駆事例国は日本であり、中国をはじめ多くの
アジア諸国は日本の介護産業に注目するはずである。
介護を社会の「負担」と考えるのではなく、日本社会の安定・発展のため
のものでもあると、発想を転換することで介護サービスの充実を図っていく
べきだと、筆者は考える。


「最終章 これからの在宅介護はどうあるべきか」構成
1.介護における格差
2.産業としての介護
3.これからの政策と財源論の方向性
4.あるべき日本の介護システム
5.介護は社会投資である

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結城さんの提案・提言は、理解できる。
しかし、私のような素人、青臭い人間が言うならばしょうがないかな、
そんなもんだろうな、という感覚で受け止めてしまうのは、私の不徳の致す
ところかもしれません。

日本の介護が産業としてモデルになる・・・。
サービスや種々の技術面ではモデルにはなり得ても、介護保険制度と給付
システムが、大幅な赤字財政のもと運営・運用されているとすれば、そう
威張れたものではないでしょう。

北欧諸国からの移入も、高消費税率など、かの国の社会福祉政策は、高福
祉・高負担のもと行われている上で、介護のあり方などソフトをベースにし
たものが中心であったことも、しっかりと認識しておくべきです。

介護業界外の民間企業の雇用と、そこで働く人たちの保険料負担など、現
在、そしてこれから介護を受ける人々の多くが、そこに直接関与することな
く組み入れられていくことも、認識しておくべきと私は考えます。

介護職の仕事は大変であることは、重々承知しています。
であるからこそ、私は、在宅介護よりも施設介護に比重を高めるべきと考え
ます。
介護職の方々の負担を軽減する方策として、極めて有効 と考えるからです。

こういうと、介護を受ける人、その家族の気持ちを主にすべき、と必ず言わ
れるのですが、私は、それに素直に与しません。

基本は、次世代の人々に、心身と経済的な過重な負担を追わせたくない。
そこにあります。
比較するものではありませんが、超高齢者よりも子どもに対する福祉の方が
社会投資の性質は、間違いなく高く、価値があると私は思います。

また、社会投資のかなりの部分は、赤字財政投資であり、そのツケは次世代
が負うことになることを考えると、投資と言ってよいものかどうか・・・。
彼らには、やはり「負担」となるのでは・・・。

高齢者が安心して暮らすことができる社会であるべきことは、もちろん、言
うまでもありません。

社会は、種々の要素で成り立っているがゆえに、多面的・総合的に考え、
対処していかねばならない。
そう思うゆえ、議論検討は、継続して行い、中長期ビジョンと現実策とを調
整していくことになります。

※次回からは「第2章 家族介護の限界」を取り上げる予定です。

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【結城康博氏プロフィール】
1969年生。淑徳大学社会福祉学部卒
法政大学大学院修了(経済学修士、政治学博士)
介護職、ケアマネジャー、地域包括支援センター職員として
介護系の仕事に10年間従事
現在、淑徳大学教授(社会保障論、社会福祉学)
厚労省社会保障審議会介護保険部会臨時委員を4年間務める。
社会福祉士、介護福祉士、ケアマネジャー有資格者
<著書>
『医療の値段ー診療報酬と政治』
『国民健康保険』『孤独死のリアル』
『日本の介護システムー政策決定過程と現場ニーズの分析』他
介護―現場からの検証 (岩波新書)』を

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【『在宅介護』からシリーズ・ラインアップ】
第1回(序章):『在宅介護』は、介護業界と介護に関わるすべての方々にお薦めしたい図書
第2回:家族構成の変容が、家族による在宅介護を困難に
第3回:変わりつつある、介護施設・在宅介護への認識
第4回:結城康博教授の、これからの介護のあり方への提言に期待して
第5回(最終章):多重介護、年金受給額差、高齢者間経済格差にみる介護問題
第6回:介護保険制度と年金制度運用方法をめぐる課題
第7回:これからの混合介護のあり方を考える
第8回:介護事業の性質から考えるべきこと
第9回:介護事業がFCビジネスに不適な理由
第10回:介護保険料・公費負担・自己負担増。介護保険制度と財源めぐる課題
第11回:福祉循環型社会システムは景気回復につながるか?
第12回:複雑化する介護保険制度をシンプルに
第13回:地域の実情に応じた在宅介護・施設介護政策の必要性
第14回:介護制度コストと介護職賃金は社会投資か?

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