介護士有資格者の大半が潜在介護士化する現状:『「在宅介護」介護士不足の問題』から(1)

今回から
【『在宅介護』より】と題したシリーズ
で取り上げた
在宅介護「自分で選ぶ」視点から
(結城康博氏著2015/8/20刊・岩波新書)
「第7章 介護士不足の問題」を参考に、
介護職の仕事・資格・賃金・労働環境と人材不足問題を考えていくことに
します。

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 1.介護士不足は深刻
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<施設は完成しても>
 冒頭、2014年に開設した特養で、オープン後も法令に見合った介護
士が集まらず、ショートステイ部分の事業を開始できない例を紹介。
(省略します。)

<介護や雇用の調整弁か>
厚労省職業安定局『一般職業紹介状況(平成26年1月分)について』
によれば、有効求人倍率は1.12倍。
 2009年同月の0.45倍の大不況時から比べれば、この5年間で一般的な
雇用情勢には改善の兆しが見られる。
 それに対し、介護分野の有効求人倍率は深刻であり、慢性的な人材不
足が持続している。
 大不況時前の2000年代初頭にかけても、ITバブルによる日本経済が好
景気に沸いた時も、失業率は低い値で推移していたが、介護分野の倍率
は2倍を超えていた。
 景気が良くなると介護から人材が他の業界に移転し、逆に不況時には
介護に従事する人が増えるといった労働移転が生じる。

 つまり、介護現場の賃金水準や労働環境が良好といえないため、好景
気が訪れて、他の分野で公募が増えると、」介護分野の離職率が増える
ことになる。
 介護は皮肉にも「雇用の調整弁」としての機能を果たしている。
 ただし、不況時といえども介護分野の倍率が1.0倍を下回ったことは
未だかつてない。

<潜在介護士の存在>
 今後の高齢化の進展を考えると、現行の介護人材をさらに100万人増や
ていく必要があるとの推計もあるが、直近の厚労省による推計では、こ
まま打開策を講じなければ2025年に約38万人もの介護士が足りなくな
とも言われている。
なお、国家資格である介護福祉士有資格者のうち実際の介護現場で従事
ているのは約60%に過ぎない
さらに基礎資格である「介護職員初任者研修」修了者約380万人のうち、
実際に現場で従事している介護士は約30万人にすぎないのだ

 つまり、日本の労働市場において「介護士」は魅力のある職として認識
されていないのである。
 子育てや何らかの理由で有資格者が介護現場で働いていないことを考慮
しても、介護以外の職場を選択している介護士有資格者は多く、慢性的な
介護人材不足の背景の複雑さが垣間見える。

 なお、施設系と在宅系に分けて介護人材を考えた場合、後者の人手不足
はより深刻化している。(略)
 統計的にも在宅系介護士の3割以上が60歳以上となっており、50歳以上
が約6割を占める。つまり、後継者問題が深刻なことが窺えるのだ。


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賃金は、就労する人材の需給バランス、仕事自体の価値、仕事や経営がも
たらす収益・生産性、人材確保のための同一職種労働市場での賃金処遇競
争など、複数の要素で決まります。

介護という職業では、恒常的に人材不足のため、本来ならばもっと賃金が
上昇し、他産業と比べて著しく低い、などと残念な引き合いに出されること
がそろそろなくなってもよさそうなのですが・・・。

一部の大手企業や事業所を除けば、賃上げを積極的に行おうとすることに
結びつかないのが現状です。

基本的には、介護という仕事に対する報酬を決める根拠の一つは、介護給
付という介護保険法で決められた介護サービス別の報酬体系にあります。
これを基に、賃金が決められることが多く、一人の介護士が行う仕事には
時間的な制約とそれに伴うサービスの量の制約があり、決して労働生産性は
高くありません。
そのためなかなか賃金の引上げに結びつかない。

加えて、介護業務のハードさは既に介護スタッフ以外の人々に十分知られ
るところです。
不人気は、ある意味仕方がない。
となると、介護という仕事は、社会福祉政策に基づく公的サービスとして、
準公務員的に別の賃金体系を用意し、事業収益とは別の次元・思想で運用する。
そういう方策を取るべき、という議論が起きても不思議ではありません。

ただ、仮にそうするためには、国や自治体の財源から拠出することになり、
その財源をどう確保するかが当然課題になります。
最も合理的なのは、高福祉高負担方式により、高い消費税の導入や社会保
険料引上げ、所得税・法人税などの税制改定などのどれかで対応する。
あるいは、国や自治体の財源の配分方法・構成を改め、他分野から介護領域
への配分へシフトする・・・。

果たしてそうした政策の国民的合意が得られるか・・・。
そこでは必ず、種々の利害関係が絡み合い、結論を出すまでの議論が先送り
される・・・。

かくして、介護の現場はなかなか変わらない。
どころか、より悪くなるリスクも高まっていくことに・・・。

しかし、介護職員の働き甲斐を提供し、賃金の引上げや労働環境や労働条件
の改善に真摯に取り組み、堅実な運営・経営を行っている事業者も多数ありま
す。

まず現実的には、そうした良質な事業体に、少しずつ規模の拡大も求め、業
界の改善の先導役になってもらう。
そしてそうした事業運営・経営の他事業者への普及を、政府・自治体、マス
コミ、業界団体などが後押しする。

事業モデルを望ましいものに改善し、規模の拡大にも貢献した事業者と介護
職員を表彰し、資金面での報奨や支援も拡充する。
そうして業界環境が改善され、働きやすい事業者が増えてくれば、潜在介護
士が、現場の力強い援軍として復帰し、主要人材として顕在化する・・・。

それが、最もコストパフォーマンスが期待できる取り組みではないかと考え
ています。

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【『在宅介護』からシリーズ・ラインアップ】
第1回(序章):『在宅介護』は、介護業界と介護に関わるすべての方々にお薦めしたい図書
第2回:家族構成の変容が、家族による在宅介護を困難に
第3回:変わりつつある、介護施設・在宅介護への認識
第4回:結城康博教授の、これからの介護のあり方への提言に期待して
第5回(最終章):多重介護、年金受給額差、高齢者間経済格差にみる介護問題
第6回:介護保険制度と年金制度運用方法をめぐる課題
第7回:これからの混合介護のあり方を考える
第8回:介護事業の性質から考えるべきこと
第9回:介護事業がFCビジネスに不適な理由
第10回:介護保険料・公費負担・自己負担増。介護保険制度と財源めぐる課題
第11回:福祉循環型社会システムは景気回復につながるか?
第12回:複雑化する介護保険制度をシンプルに
第13回:地域の実情に応じた在宅介護・施設介護政策の必要性
第14回:介護制度コストと介護職賃金は社会投資か?
第15回:介護士有資格者の大半が潜在介護士化する現状

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