17/12/7.8 介護危機打開できるか(上)(下)

疲弊した事業者に配慮を 保険料の累進性強化 必要 高野龍昭・東洋大学准教授

2017/12/7

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171207&ng=DGKKZO24324540W7A201C1KE8000

人口の最大のボリュームゾーンである第1次ベビーブーマー(団塊世代)がすべて後期高齢者となる2025年が迫り、社会保障給付が一層膨張すると予測されている。とりわけ介護分野は、社会保障主要3分野(年金・医療・介護)の中で費用額の伸び率が最も高いと見込まれる。財源や人材確保が厳しさを増し、「介護危機」と呼ぶべき状況に陥ることが危惧される。

 本稿では介護危機の打開策について、介護報酬改定という短期的な視点と、中長期的な介護保険制度の持続可能性の2つの観点から論じる。

 介護保険の保険給付(介護サービス)の公定価格の上限を示す介護報酬は、社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)の介護給付費分科会での議論を基に3年ごとに改定される。次期改定は18年4月で、議論は大詰めを迎えている。

 分科会の議論は独立的に進められるものではなく、実際には財務省や官邸サイドの意向の影響も受ける。

 今年6月の「骨太方針(経済財政運営の基本方針)」では介護報酬改定について医療・介護連携の強化や、要介護高齢者の自立支援に取り組む事業者に対する成果に応じたインセンティブ(誘因)付与による引き上げの要素が示された。一方、訪問介護の生活援助(家事支援)や通所介護の適正化を明示するなど引き下げの要素も盛り込まれた。

 11月下旬には財政制度等審議会(財務相の諮問機関)が歳出改革の提言で、介護報酬の一定程度の引き下げの方向性を示した。具体的には、17年4月の介護職員処遇改善加算の引き上げの先行実施を受け、その分の保険料・公費の負担増を和らげるため18年はマイナス改定とすることを求めた。また訪問介護や通所介護などの事業所の収支が良好なことを示し、その報酬を引き下げる方針を打ち出した。

 分科会の最近の議論では、生活援助や大規模型の通所介護を中心に引き下げを求め、集合住宅入居者の介護サービス利用の厳格化を打ち出している。一方、心身の機能改善の取り組みや医療機関との連携、医療ニーズや看取り(みとり)などに積極的な対応をする事業者に報酬を加算する方向性が固まりつつある。

 財政サイドの強い抑制基調の中で、ほぼ横ばいの改定という結論に落ち着くと予想される。ただし各種加算での引き上げ幅が全体をプラス傾向に押し上げるものの、基本報酬部分は引き下げとなり、事業者サイドにとって実際には厳しい結果となるだろう。

 政府は介護保険財政の逼迫に関して、短期的には介護報酬を抑えることで対処しようとしている。それに並行し、財政規模の大きい医療保険から介護保険への移行・付け替えを進めている。

 筆者は医療から介護への付け替えについては、一定範囲で進むのは合理的と考える。統合ケア・包括ケアの国際的な趨勢の中で、慢性期の高齢者を中心に、高コストの医療から相対的に低コストの長期ケア(介護)に移行を促進するのは、医療・介護全体での費用効率化、また高齢者の「生活の質」確保に一定の効果があると考えられる。加えて、地域医療構想(病床再編・在宅医療の拡大)との整合性を高めることにもなる。

 一方、短絡的な介護報酬抑制は疲弊している事業者をさらに圧迫し、介護市場全体を萎縮させるだけだ。それをワイズスペンディング(賢い支出)の一環として進めるのであれば浅略にすぎる。

 もちろん一部の過剰な支給状況は是正されねばならないが、現実の事業者の経営状況は、国が経営実態調査などで示すデータとはかい離し、相当に逼迫している。民間リサーチ会社の報告によれば、近年介護事業者の倒産件数は急増している。これでは「介護離職ゼロ」政策に逆行する。

 次に中長期的な介護保険制度の持続可能性について考える。筆者はこの決め手となる政策理論が打ち出されたことを寡聞にして知らない。ただ15年度以降の骨太方針では社会保障給付費の効率化や国民負担の増加抑制を強調しているが、人口構造の高齢化が加速する中で打つ手が限られているという現実もある。

 財源問題を巡り、今後真剣に検討すべきは被保険者年齢の引き下げだ。40歳以上を被保険者とする現行制度は、1997年に介護保険法が成立した際に「親世代が介護を必要とし始める年代」という理屈でつくられた。しかしそれから20年が過ぎた。

 介護が国民的課題となった今、被保険者の拡大の検討を急ぐべきだ。その際、若年層に新たな負担を求めるにあたり所得格差への配慮を欠いてはならないし、障害者総合支援法に基づく「障害福祉サービス」と介護保険の統合の議論は避けられない。保険料の新たな事業主負担については「介護離職ゼロ」と絡めて経済界の理解が必要となる。

 一方で、利用者負担増による対応はもはや限界ではないか。18年8月からは高所得の高齢者に3割負担を求めることとなるが、15年8月に導入された2割負担の対象者の拡大は見送られた。介護サービスは医療と比べ恒常的に日々利用されるケースが多く、医療保険での負担と同等にとらえられない。今後は資産と連動させた利用者負担のあり方の検討も予想されるが、それより保険料の累進性を高めることが必要だろう。

 社会保険の問題点の一つは相対的に保険料負担が低所得者に厳しく、高所得者には緩やかになることだ。所得再分配機能を高めるためにも、高所得者の保険料負担を増やすことは避けられない。

 人材確保については介護職員処遇改善加算の効果が一定程度表れてきた。厚労省の最新の調査報告によると、全産業平均の賃金にはまだ及ばないが、12年と16年の介護職員の給与(月額)を比較すると約2万円上昇している。

 問題なのは仕事としての介護に対するネガティブな印象だ。高齢者の自己実現を支援するやりがいのある仕事であることを浸透させ、若者が介護に向かう気持ちを高めるような取り組みが不可欠だ。

 外国人労働者の活用も待ったなしだ。その際には労働内容が劣化しないよう、処遇に細心の配慮をした制度設計とすべきだ。併せて介護ロボットや情報通信技術(ICT)による介護の労働負担軽減や生産性向上についても、工学・情報産業系の施策と連携させて一層推進する必要がある。

 もう一つ、介護専門職が高齢者介護のすべてを担おうとすることにも再考の余地がある。人口減少局面での専門職確保は今後も容易ではない。専門職は重度者や認知症高齢者への対応を主に受け持ち、専門職でなくても担えるものは市場サービスや市民の力を借りるような施策、すなわち現行の新総合事業のような仕組みを推進すべきである。

 未曽有の高齢社会を迎えるわが国で、介護危機の局面を単一の施策で打開する「魔法のつえ」は存在しない。多角的な不断の検討が必要だ。

 筆者はこの危機が本当に大きくなるのは25年ではなく、実際には35年以降ではないかと考えている。図で示したように、高齢者1人あたり介護給付費(年額)を年齢階級別にみると、高齢者が75歳に到達してもさほど増加せず、85歳ないしは90歳以降に急増する傾向があるからだ。

 この意味で、第1次ベビーブーマーが85歳を迎える30年代後半が、介護保険制度の真の正念場となる。

〈ポイント〉
○現実の介護事業者の経営状況は相当逼迫
○40歳以上の被保険者年齢引き下げ検討を
○介護保険制度の真の正念場は30年代後半

 たかの・たつあき 64年生まれ。龍谷大文卒。社会福祉士・介護支援専門員。専門は介護福祉学

2017/12/8
 成果支払い、制度設計カギ 業者の利用者選別避けよ 飯塚敏晃・東京大学教授/菅原慎矢・東京理科大学講師
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171208&ng=DGKKZO24371860X01C17A2KE8000

 

介護危機打開できるか(下)成果支払い、制度設計カギ 業者の利用者選別避けよ 飯塚敏晃・東京大学教授/菅原慎矢・東京理科大学講師

公的介護費用の大幅な増加を受けて、要介護状態の改善度合いに応じた事業者への報酬支払いが検討されている。ペイ・フォー・パフォーマンス(P4P=成果支払い)と呼ばれる方式だ。提供される介護の量のみに基づく現在の支払い方式に代わり、結果を考慮することで、介護の効率的な提供体制が期待される。

飯塚敏晃・東京大学教授

飯塚敏晃・東京大学教授

菅原慎矢・東京理科大学講師

菅原慎矢・東京理科大学講師

 一方で筆者らによる実証研究から、事業者がそもそも要介護度の改善しやすい利用者を選別する可能性が示唆された。結果に基づく評価が、事業者による利用者の選別の巧拙ではなく、介護サービスの善しあしの評価を通じて継続的に介護の質を高めるには、慎重な制度設計が必要だ。

 公的介護費用が急増している。2015年度の国民医療費約42兆4千億円に対し、介護費用額累計は約9兆5千億円だ。だが過去5年の伸び率はそれぞれ13%、26%と、介護費用の伸びがはるかに大きい。25年には介護費用は約20兆円に達すると予想される。

 介護保険制度では、介護の必要度合い(要介護度)に応じたサービス単価と利用上限額が設定されており、要介護度が高まると介護費用は増加する。従って要介護度の悪化を遅らせたり改善させられたりすれば、人々が健康に老いることを助けるとともに、介護費用の削減に寄与する。

 しかし現在介護報酬で用いられる出来高方式はこの目的の達成に適していない。出来高方式は、提供する介護サービスの量に応じて支払う。このため優れた介護の提供により要介護度が改善した場合、事業者への支払いが減ることになり、要介護度を改善させたり悪化を遅らせたりするインセンティブ(誘因)が働かないと指摘される(表参照)。

 現在検討中の成果支払いは介護の「量」だけでなく「結果」も考慮して支払う。このため要介護度の維持・改善を促し、結果として介護費用削減につながると期待される。

 一方でこれまでの成果支払いの医療現場への導入に際して様々な問題点が指摘されており、導入には注意が必要だ。

 まず事業者による利用者の「選別」が懸念される。介護の結果により報酬が変わるため、事業者には結果が改善しやすい利用者を優先的に確保しようとする選別のインセンティブが働く。この誘因を制御できない場合、成果支払いは介護の質ではなく、利用者の選別が上手な事業者を高く評価することになる。

 また結果の評価に用いる指標が良くみえるように、対象となる利用者を限定するなど指標を操作する可能性がある(ゲーミングと呼ばれる)。さらに本来評価されるべき項目のうち、一部のみが評価対象となる場合、評価対象外となった項目に対するサービスの質が低下するといった問題(マルチタスク問題と呼ばれる)もしばしば指摘される。

 これらの問題意識に基づいて、筆者らと野口晴子・早稲田大教授は、滋賀県が12~14年に導入した通所介護に対する成果支払いの効果を検証した。この制度は全国一律の介護報酬に加え、要介護度の維持・改善度合いが高い事業所に対し、県が独自にボーナスを上乗せするものだった。

 研究の第1の関心は、成果支払い導入により滋賀県の通所介護利用者の要介護度が他県と比べ改善し介護費用が減少したかどうかだ。成果支払い導入前後で要介護度の維持・改善度合いと通所介護費用が変化したかについて、介護報酬データを使い比較した。

 分析結果から、成果支払い導入による要介護度の改善は一部の指標でしか観察されないうえ、インパクトもごく小さなものだった。また介護費用に関しても成果支払いの影響はみられなかった。従って滋賀県の成果支払いが要介護度と介護費用に及ぼした影響は、全体としては限定的だったと考えられる。

 第2の関心は、成果支払い導入が事業所による利用者の選別を促したかどうかだ。公的介護保険では、ケアマネジャー(ケアマネ)が利用者のニーズに沿ったケアプランを作成し介護サービス事業者を紹介する。ケアマネは、通所介護などのサービス事業を提供する事業所に併設されている場合と、独立の場合がある。

 サービス事業所に併設しているケアマネは、より高い利益を得られる利用者を選別し自らのサービス事業所に紹介するインセンティブがある。一方、独立のケアマネには同様のインセンティブはない。分析では成果支払い導入後、併設事業所の有無でケアマネの利用者紹介パターンが変化したかどうかを検証した。

 分析結果から成果支払い導入後、併設ケアマネが自らの事業所に利用者を紹介した場合、併設以外の事業所に紹介した場合と比べ、より要介護度の改善がみられた。また成果支払いの導入後、併設ケアマネは新たに介護保険を利用する人をより多く併設の事業所に紹介するようになった。

 筆者らの事業者へのインタビューでは、介護保険の新規利用者の方が長期利用者よりも要介護度が改善しやすいとの声が多く聞かれた。分析結果と合わせると、成果支払い導入により、併設ケアマネがより改善しやすい利用者を併設事業所に紹介するようになったことが示唆される。

 全国データを用いた実証分析からは、成果支払い導入による要介護度の維持・改善や介護費用削減については、それらを支持する確たる証拠は得られなかった。一方、成果支払い導入で懸念される利用者の選別については、懸念と整合的な結果が観察された。

 これらの結果は、成果支払いの安易な活用に警鐘を鳴らすものだ。とはいえ、必ずしも成果支払い導入を全面的に否定するものでもない。

 まず成果支払いの効果については、制度設計が重要な役割を担うことが知られる。より詳細な評価指標を用いたり上位の事業所だけでなく下位の事業所にもボーナス(もしくはペナルティー)を与えたりすることで、より大きな効果が得られる可能性がある。

 また利用者の選別については、その懸念解消に向けて検討課題を2点指摘したい。

 第1は「リスク調整」の必要性だ。リスク調整とは同じ要介護度でも、維持・改善しやすい利用者とそうでない利用者がいるため、維持・改善可能性の違いを考慮に入れて結果を評価することを指す。リスクを調整せず結果のみで評価した場合、事業者がより維持・改善しやすい利用者を選別するのは当然といえる。

 今回分析した滋賀のケースでもリスク調整は行われておらず、利用者選別のインセンティブは高かったと考えられる。介護サービスのリスク調整手法については、世界的にみても十分知見が蓄積されているとはいえない。成果支払い導入に向けては、まずはどのような利用者の介護必要度が悪化しやすいか、基礎的な知見の蓄積が必要だ。

 第2は介護事業の所有のあり方に関わる問題だ。前述したように、同一の事業所がケアマネジメントとサービス事業の両方を提供できる。介護事業の上流と下流双方の事業を担うことを認めたうえで成果支払いを導入した場合、ケアマネが自らの事業者により有利な利用者を紹介するのは必然だ。こうした所有のあり方はサービス事業者間の公平性を担保する観点からも問題が大きく、成果支払いの本格導入にはケアマネの独立性確保などの検討が必要だろう。

ポイント
○出来高方式は要介護度改善の誘因働かず
○滋賀県の成果支払い導入の影響は限定的
○介護事業の上流と下流兼営のあり方課題

 いいづか・としあき 64年生まれ。UCLA博士。専門は医療経済学・産業組織論

 すがわら・しんや 79年生まれ。東京大博士。専門は計量経済学・医療経済学

関連記事一覧