「母という病」と「子という病」、両面を認識したい:『母という病』から(3)

母という病(岡田尊司氏著・2014/1/8刊)を紹介しながら、家族・
親子・夫婦などを考えるシリーズを始めています。


第1回:世代を継承する「母」という女性への感謝と願いから
第2回:子と母の関係を推し測ることができる性格・言動

今回は、第3回です。

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 序章 母親という十字架に苦しんでいる人へ(3)
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<広がる「母という病」>

いま親子関係、ことの母親との関係に悩み、苦しんでいる人が増えている。
もっとも堅固なものであるはずの絆が、脆く、不安定になっている。

その端的な表れは、虐待の増加である。
児童相談所が対応するケースの数は、この20年で40倍に増加した。
しかし、それは大きな山の頂に過ぎない。
その裾野では、虐待という自覚もなく、精神的虐待や心理的な支配が日常
的に起きている。
母親との不安定な関係が広がりを見せていることは、三分の一もの子ども
が、母親への不安定な愛着を示し、大人になってもその割合が、ほとんど
変わっていあにことにも示されている。

境界性パーソナリティ障害や摂食障害、うつや不安障害、さまざまな依存
症に苦しむ人が急増しているが、それらの生涯の根底にも、母親との不安
定な関係が絡んでいる。
逆に、非常に治療が困難なケースでも、母親との関係が改善すると、本人
の状況が劇的に改善するということは少なくない。

母親とぎくしゃくしたり反発したり、見るからに不安定な関係を抱えてい
る人だけではない。
表面的には、すごくいい母と子にみえるような場合でさえ、実は子どもの
方が、母親に合わせ、支配され、その無理が別の形で表れているというケ
ースも少なくない。

自覚するにせよ、そのことから目を背けているにせよ、母という病はその
人の人生を知らずしらず蝕んでいる。
それによって、得体のしれない生きづらさや、空虚感、自己否定感に悩ま
されているという人は少なくない。
一体なぜそんなふうに自分は苦しんでいるのか、わからないままにもがい
ていることが多い。
失敗しても傷つかないように、何事にも本気でぶつかることを避け、人と
心を割った関係になることもなく、消極的な人生を送っている人も、なぜ
自分がそんなふうに生きながらに死んだような生活をしているのか、知ら
ないままに、ただ自分とはそういう人間なのだと思っている。

相手の顔ばかりうかがい、本音は言えず、相手に合わせ、損な役回りばか
り引き受けてしまう人も、なぜ自分はそんなふうにしか生きられないのか、
わかっていない。

母親との関係がうまくいっておらず、面白くないと感じている人も、それ
は単に母親との関係だけのことであり、母親のことを切り離してしまえば、
どうということはない、つまらない問題だというくらいに考えようとして
いる人も多いだろう。
親との関係など、取るに足りない問題だと思っている人も少なくない。
ある意味。そう思うことで、これ以上、落胆させられたり、傷つけられた
りすることから自分を守っている。

親との間に軋轢や違和感を自覚している人は、まだ問題と向き合っている
といえるかもしれない。
同じくらい多くの人が、母親との関係は良好だと思っているものの、その
実、一方的に忍従を強いられたり、過剰とも言えるほど親に尽くしていた
り、親と子の立場が入れ替わっていたりする。

傍目には、友達のような親子関係に見えたり、実に親孝行な子どもに見ら
れたりするが、その内実は、不安定な親に子どもが付き合わせられていた
り、親の都合に縛られて、子どもの人生が犠牲になっていたりする。

悩み縦
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一卵性親子、などと表現してもいい、母娘がいます。
スープが覚めない距離に住む娘家族の孫との関りなどに振り回されてい
る母も多くみられます。

どちらも、一見幸せそうですが、傍から見ると、どうにも違和感があり、
いつかどこかで、そうした関係に綻びがくるのでは・・・。
ふとそう思うこともあります。

40歳を超した息子、50歳にも手が届くような娘と母とが同居している家
庭・家族も多く見られます。
ご本人はみなそれなりに、心地よい暮らしを送っているのでしょう。

本書は、そうした平穏な親子関係よりも、精神科医が見てきた多くの事例
を基にして書いたものですが、どこかに共通点があるような気がしていま
す。

親子の関係は、家族形態や家族生活をめぐる子育て・教育、仕事など様々
な要素が直接・間接に絡み合っています。
またそれが、当事者の心、精神、感情・情緒に投射されたり、コミュニケ
ーションの有無や持ち方により、発想や行動に影響をもたらすことになり
ます。

父との時間や関係よりも、母との時間と関係の比重が高く、子どもへの影
響力も同じ傾向があると思われる母と子の関係。

何げなく送っている日々の暮らしの中で、気づかぬうちに形成されている
親子関係の病は、「母という病」と「子という病」両面をもつものと思い
ます。

「病は気から」とも言います。
気持ちを通わせることに、言葉は要らない・・・。
そういう面も確かにありますが、気がかりなことを、自然に話してみる、
尋ねてみる、遠慮せずに・・・。
そうした関係。
意外に難しいかもしれません。

子どもの成長、年齢に応じて、コミュニケーションの質が変化していく・・・。
これが、まず気にして、実践していくべきこと、のような気がします。
次回、<親子関係に留まらない影響>に続きます。

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子どもを宿し、子どもを産むことができる唯一の性である女性が母となる。
そこから、子というひとりの人間の人生が始まります。
種の起源は卵子と精子、双方にありますが、ひとりの人間の生の起源は、
女性の出産行為にあります。

その女性は母となります。
男性は、関与不能です。
生まれてきた子どもに、父の存在は絶対的なものではありません。
父であろう、父かもしれない、父として認めよう・・・。
そんな程度、かも・・・。
母としての新しい人生が始まります。

世のすべてのお母さんの幸せと、
かけがえのないすべての子たちの健やかな成長を願って・・・。

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-『母という病』構成-
序章  母親という十字架に苦しんでいる人へ
第1章 「母という病」に苦しむ人たち
第2章 生きづらさの根っこには
第3章 残された傷跡
第4章 不安定な母親に振り回されて 
第5章 自分しか愛せない母親とその人形たち
第6章 生真面目な母親の落とし穴
第7章 「母という病」を克服する

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-<岡田尊司氏・プロフィール>-
1960年生まれ。
精神科医、作家。医学博士。
東京大学哲学科中退、京都大学医学部卒。同大学院医学研究科修了。
長年、京都医療少年院に勤務した後、岡田クリニック開業。同院長。
パーソナリティ障害、発達障害治療の最前線に立ち、臨床医として
人々の心の問題に向かい合っている。
主な著書:『パーソナリティ障害』『悲しみの子どもたち』
『脳内汚染』『アスペルガー症候群』『発達障害と呼ばないで』
『愛着障害』『回避性愛着障害』など。

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