自分を守り、生かしていく最低限のセイフティ・ガードを持つ:『貧困世代』から(4)
「下流老人」「中流崩壊
」「最貧困女子
」「シングルマザーの貧困
」。
貧困問題が、全世代に共通の問題とされる社会的状況にあります。
若者世代の貧困問題を『下流老人』筆者である藤田孝典氏が著した
『貧困世代ー 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』(2016/3/16刊)
本書を紹介しながら、若者世代の生き方・あり方を考えるシリーズを
始めました。
【はじめに】
第1回:貧困世代(プア・ジェネレーション)の定義と問題化の視点
第2回:社会責任・企業責任で片づける前に考えるべき、働くというコト
第3回:監獄の囚人と呼ばれる若者はどんな罪を犯したのか?
今回はこれに続き、第4回です。
当初、第2章から始める予定でしたが、やはり、若者の貧困の事例・実態をある程度
知っておくべきと考え、「第1章 社会から傷つけられている若者=弱者」から
にしました。
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第1章 社会から傷つけられている若者=弱者(1)
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<栄養失調で駆け込んでくる>
まずは、ソーシャルワーカーとしてわたし(藤田氏)が関わった事例から、貧困状態
にある若者の実態をご覧いただきたい。
ソーシャルワーカーとは、あらゆる生活のしにくさを抱えている人の相談を受け、そ
の問題に対処するだけでなく、それを生み出す社会構造に働きかけていく職業人である。
仕事がら普段から多くの生活課題を持つ人々の話を聞かせていただく立場にある。
話を聞いていると、すでに多くの若者が現在の生活にすら困窮している状況が見えて
きた。一日一日を生きることに精一杯で、将来のビジョンや長期的な展望を見出すこと
が非常に困難な様子も明らかになってきた。
わたしが所属しているNPO法人「ほっとプラス」には、食べるものに困り、栄養失調
状態で訪れる10代や20代の若者もいる。
何日も食事をしていない若者が相談に来たら、支援団体から配給してもらった乾パン
やアルファ米、カップラーメンなどの食糧を提供する。栄養状態が著しく悪い場合は、
病院に付き添ったり、実際に救急車を手配したこともある。
こんな切迫した若者の相談は後を絶たない。
これから紹介するのは、特殊な事例では決してない。わたしが向き合ってきた、生活
上の課題や生きにくさを抱える人たちの実例である。
本書を執筆するきっかけを与えてくれ、「切実な声を代弁してほしい」「より多くの
人へ自分たちの困窮状態を伝えてほしい」、と訴えてくれた友人、パートナーだ。
彼らの声から聴いていきたい。
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【事例1】<所持金13円で野宿していた伊藤さん(21歳男性)>
蒸し暑い真夏のある日、苦しそうに顔を歪めながら、くたびれたTシャツとジーンズ
姿で突然「ほっとプラス」に現れた伊藤さん(仮名)は、倒れこむように相談の席に
つくと、身の上話を聞いているうちに意識を失ってしまった。
あとでわかったことだが、群馬県前橋市から、埼玉県さいたま市まで、歩いて(!)
きたそうだ。
工業高校卒業後に建設会社に就職した伊藤さんは、会社の社員寮に住みながら、首都
圏を中心に建設現場でビル建設の足場を設置する作業に従事していた。
しかしある日、足場から転落して左足を骨折し、後遺症を抱えてしまう。
それをきっかけに、仕事を休みがちになった。当時、労災は申請せず、給与は働いた
分しか支給されなかったため、会社の寮費が払えなくなったという。それからも寮費の
滞納が続き、生活費も足りないことから仕事をやめ、友人宅を転々とする生活が始まっ
た。
初めのころは友人も快く部屋や食事を提供してくれていたが、それが長期化するに従
がって、援助を断られるようになった。伊藤さんには青森県で暮らす両親と兄がいる。
しかし、家族はそれぞれ貧しい暮らしをしており、頼れる状況にはない。そのため、
実家にも帰れないという。
頼れる友人もいなくなった伊藤さんは、最期に食事をさせてもらった前橋市の友人宅
から、以前、短期間の住み込み仕事をしたことがある企業に行こうと決意し、さいたま
市大宮区を目指して歩いたという。所持金はたったの13円であったため、電車には乗
れない。
途中の公園で野宿をしながら、水道水を飲み、スーパーで試食を繰り返し、飢えをし
のいで4日間歩き、さいたま市に到着した。
早速、企業に相談したがあいにくすぐに雇用されることはなく、ただちにハローワー
クに通ったが、自身の住所がないため、就職先も見つからなかった。
いよいよ空腹と腹痛のため、交番に助けを求めた。警官による情報提供によって、わ
たしたちのNPOの存在を知り、倒れ込むように来所されたのだ。
彼の身長は173㎝。体重は68㎏あったそうだが、相談に来られた時には54㎏まで減っ
ていた。わたしは救急車を手配し、意識の回復を待って、病院から生活保護申請した
ことを鮮明に覚えている。
伊藤さんは栄養状態も回復し、現在は生活保護から脱却して、非正規雇用ではあるが
建設現場の仕事を再開した。当時を思い出すと、誰を頼ればいいのかもわからず、いつ
餓死してもおかしくなかったと語る。伊藤さんのように食事すらもできず、家も失った
状態で相談に来る若者は後を絶たない。
年間1件や2件あれば、特異な事例として理解できるかもしれない。
しかし、その数たるや数え切れないほどなのである。次々と駆け込んでくる若者の困
窮度合いは共通して、極まっている。生命の危険すらある状態も一般的な現場だ。
※【事例2】に続きます。
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こうした事例を読むと、やはり、社会性の欠如、という言葉を思い浮かべてしまい
ます。
家族と友人という基本的な関係性に頼れなくなったときに、どう生きていくか、ど
う生活の基盤を維持・確保するか・・・。
少しニュアンスが違うかもしれませんが、個々人のセイフティネット、あるいはセ
イフティ情報源・行動法を得るという意味での社会性、です。
21歳だから、まだ社会人としての経験が不足しているのでムリだろう・・・。
そう言われるかもしれませんが、齢を加えても同様の大人は多いと思います。
生活保護、社会保障・福祉、年金・健康・雇用・労災など社会保険、医療、保育・
介護・障害者、警察・検察、自治体などの機能と役割など・・・
根本的には、義務教育レベルで教わり、知り、そうした組織や機関を見学に行く、
一部は体験するなどの仕組みは必要なのではないかと思います。
自立心が希薄な現代日本の若者。
そう近視眼的な、先入観を排しても、若者に限らず、社会性の欠如。
決して、知人・友人・地域との関係、絆、ネットワークを形成することの大切さ、
などという響きのいい社会性ではない、一人の人間が、最低限社会と関わっていく
ための、セイフティガードとしての社会性。
まだ、自分でうまく整理しきれていないのが、じれったいですが、その社会性の
正体と望ましいあり方を、こうした書の著者や専門家も認識し、提示してくれない
ものかと・・・。
※次回は、【事例2】<生活保護を受けている加藤さん(34歳女性)> です。
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【『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』構成】
はじめに
第1章 社会から傷付けられている若者=弱者(じゃくしゃ)
第2章 大人が貧困をわからない悲劇
第3章 学べない悲劇=ブラックバイトと奨学金問題
第4章 住めない悲劇---貧困世代の抱える住宅問題
第5章 社会構造を変えなければ、貧困世代は決して救われない
おわりに