生活困窮者の権利と義務を考える:『下流老人』の今と明日(24)
下流老人とは、
「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」
ベストセラー『下流老人』(藤田孝典氏著・朝日新書・2015/6/30刊)より。
NPO法人ほっとプラス を設立・運営する若い世代の同氏が描き、
社会に警鐘をならした高齢者の貧困問題の書を参考に引用させて
頂きながら考える、<『下流老人』の今と明日>シリーズ。
【第4章「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日】
第1回:生活困窮者支援活動の賛否と社会システムのあり方
今回は第2回、通算第24回です。
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第4章 「「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日」(2)
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<イギリス、恐怖の「貧困者収容所」法>
じつはイギリスでは、17世紀から19世紀にかけて改正救貧法やワークハウステスト法
などが施行され、多くの貧困状態にある市民が収容所(ワークハウスなど)へ送られた
歴史がある。
収容所に送られた人々は劣悪な環境のなかで強制労働に従事させられた。十分な医療
ケアが受けられず、病気が蔓延して亡くなる方もいたそうだ。
要するに生産性のない人々は社会のお荷物であり、邪魔な存在であるということを政
策として伝え、罪人のように扱っていたのだ。
はじめはこれらの収容所へ送られる人々は少数であったが、だんだんと収容基準に該
当する人々が増えていった。人々が労働によって得られる賃金の多寡は、その時々の社
会情勢によって大きく左右される。当然、不景気の時期や失業率が高い時期は、多くの
人が貧困に陥ってしまう。
それにもかかわらず、国が一方的に定めた貧困の基準は換えられことがなく、次々と
基準以下の人々を収容所へ送っていったのだ。
これによりワークハウスは「恐怖の家」と呼ばれ、当事者を中心に不当な施策に対し
て抗議や異論が噴出した。そして長い議論を経て、強制収容所を含むこれらの施策はよ
うやく廃止されたのである。
たとえば、このような前近代的な施策が日本で実施された場合、どうなるだろうか。
相対貧困率が高く、ワーキングプアが増加し続ける現代において、貧困が罪のように
扱われるならば、多くの人々が収容所へ送られてしまうかもしれない。
生活困窮者に対して批判的な意見を展開する人々も決して例外ではないはずだ。
行政は原則として公平性を重視する。だから例外は基本的に認めない。
あなたが「自分は収容所には行きたくない。他の方法はないか」「自分の息子や親族
だけは止めてほしい」とそのときに直訴しても遅いのだ。
少し想像するだけで、大変恐ろしい。生活困窮者に対してさまざまな角度から意見が
あるのはもっともだが、少なくとも強制労働派は自分たちや友人、周囲の親しい人々を
巻き込む権利侵害につながるような提案を平然と述べていることを自覚すべきだろう。
※次回に続きます。
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17世紀から19世紀にかけての英国事情を引き合いに出して、その評価を行うのは、少々
短絡的ではないかと思う点があります。
前回も書きましたが、下流化や貧困からの復活をめざすことを基本とするならば、その
再チャレンジの機会・システムを用意する必要があります。
その基本中の基本は、住まい、居住する場所の確保・提供と、働くこと、働いて収入を
得ること、この二つの条件です。
もちろん働くことは、心身の健康を条件とすることはいうまでもありませんが、万一、
何らかの疾患がある場合には、そのリハビリを兼ねての軽作業・軽労働などもあり得るか
もしれません。
加えて、そうしたシステムを利用し、ベースとなる生活を営む上での生計費も、回復す
るまでの社会保障として給付されることが前提です。
問題は、最低の生活を営むために提供する社会保障費の一部補てんを目的とした労働は
可能か、ということと、社会復帰を目的とした何かしらの作業・労働のみに限定すべきか
という点にあるかと思います。
後者での問題は、その仕事が本人が希望する種類・内容のものか、そうでないか。
そうでない仕事を本人に半ば強制できるかどうか。
裏を返せば、本人の好きなようにしてよいか、やりたい仕事がなければ、ずーっと社会
補償給付を受け続けることができるのか。
そうなってきます。
単純に、そんな仕事はしたくない、好きでない、向いていないと拒否・拒絶する人に対
して社会保障が機能する。
一方では、やりたくない仕事でも、不本意な非正規でも頑張って、低賃金に甘んじて我
慢している人もいるとすると・・・。
(心身の疾患を抱えている人は別の話であることは当然です。)
そうした側面、多様な状況を考えた時、強制というニュアンスをどう扱うか、感じる度
合いの違いにどう対処するか。
その問題が残ります。
努力するという感覚・概念をまったく持ち得ていない、持っていない人も世の中にはい
ます。努力の感じ方、仕方にも差があります。
すべてを許容する社会は、理想ではありますが、それを可能にする社会は、どうしたら
できるのか、維持できるのか。
そこも合わせて考え、努力して、取り組む社会と人である必要が・・・。
そんなことを、下流化社会や格差社会を考える折々に、考えるのです。
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<本書の構成>
第1章 下流老人とは何か
第2章 下流老人の現実
第3章 誰もがなり得る下流老人
第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日
第5章 制度疲労と無策が生む下流老人
第6章 自分でできる自己防衛策
第7章 一億総老後崩壊を防ぐために
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【『下流老人』の今と明日:ブログ一覧】
「第1章 下流老人とは何か」
第1回:下流老人とは?その定義と問題の視点
第2回:下流老人に多い相対的貧困者
第3回:高齢期の生活維持のための貯蓄がない現実
第4回:一人暮らし高齢者の増加と社会的孤立化
第5回:親子両世代、共倒れのリスク
第6回:尊敬される高齢者とは?
第7回:若者が抱く老後不安の社会構造を変革する道は?
第3章「誰もがなり得る下流老人」
第8回:高齢期の長期化と病気・介護・事故による下流化リスクの高まり
第9回:だれもがなり得る、介護が必要な高齢者、下流化の現実
第10回:公・民の役割と機能の再構築が必要な介護制度・政策と介護事業モデル
第11回:親子共倒れリスクを抱えた下流老人化社会は、一億総モラトリアム社会の断面
第12回:団塊世代とシングル団塊ジュニアとの実家同居が招く下流老人世帯化
第13回:増える熟年離婚。老後を考えると、結婚・夫婦を再考する必要が
第14回:中高齢男性は生活能力を今からでも身に付けよう!
第15回:夫婦関係のリセットで新しい役割分担・関係を作るべき高齢者夫婦
第16回:高齢者に不足する確認・相談先を判断し行動できる社会性。認知症と特殊詐欺被害問題から
第17回:認知症高齢者が被害に合いやすい特殊詐欺。これからの高齢者のあり方
第18回:年金だけで暮らせる老後は夢。自衛を考えるべき現実
第19回:高齢者の下流老人化に留まらない、格差社会が招く全世代貧困化
第20回:貯蓄・年金収入の目減り、健康不安・介護不安。長寿化が招く下流化リスクの連鎖
第21回:全世代共通の非正規雇用者の下流化リスク
第22回:増加する中高齢未婚者が、独居老人下流化予備軍に
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【藤田孝典氏プロフィール】
1982年生まれ。NPO法人ほっとプラス代表理事。
聖学院大学人間福祉学部客員教授。反貧困ネットワーク埼玉代表。
ブラック企業対策プロジェクト共同代表。
厚生労働省社会福祉審議会特別部会委員。
ソーシャルワーカーとして現場で活動する一方、生活保護や生活
困窮者支援のあり方に関する提言を行う。
著書:『ひとりも殺させない』『貧困世代』他
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