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高齢者の体力・能力は千差万別。シニア世代の新しい価値観・人生観形成へ:「高齢化と日本経済」から考える(1)

日経紙<時事解析>欄で、5月11日から5回連続で、
前田裕之編集委員による「高齢化と日本経済」が連載されました。

「65歳までの雇用を義務づける改正高年齢者雇用安定法の施行から約2年。
高齢者の経済活動は日本経済にどんな影響を及ぼしているのか、
統計データなどを基に現状を分析する。」
という主旨での連載でした。

各回ごとの内容をお借りし、
経済面からでなく、生活面から高齢者の生き方、生活を考えてみたいと思います。

色の付いた部分が、原文からの引用(修正・簡略化含む)で
黒文字が私が追記した部分です。

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その1.向上する体力 画一的対応避けよ

文部科学省が毎年、実施している「体力・運動能力調査」結果
高齢者の体力は着実に上昇している。
例えば、2013年度の70~74歳の握力、上体起こしなどの合計点は、
この15年間で男女ともに5歳程度、若返ったと解釈できる。

「老年学」や「加齢学」においては
「知的機能は必ずしも加齢とともに低下しない」と認識
人間の知能は、新しいことを学ぶ「流動性知能」と、
蓄積した知識や経験を生かす「結晶性知能」。
平均すると前者は60歳代ごろまで維持され、
後者は60~70歳前後まで緩やかに上昇。

記憶力も「いつ、どこで、何をしたか」という記憶(エピソード記憶)は
40歳代から低下する一方、知識や概念の記憶(意味記憶)は80歳代まで
ほとんど低下しない。
機械の操作や物の使い方など技能に関する記憶(手続き記憶)も衰えにくいという。

柳川範之・東大教授
「高齢者は社会に支えられる存在と画一的にとらえて
高齢者対策を打ち出すのではなく、健康状態や就労、保有資産などの
現状をきめ細かく把握したうえで実態に即した対応を考えるべきだ」

脳
と述べていました。
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体力や能力。
とにかく個人差が大きいです。

で、これは、高齢者に限ったことではありません。

体力だけがシニア世代のこれからの生き方を決めるわけではない。

はたから見れば多様な生き方と見るが
個人個人は一つの生き方しかできないわけで
みなそれぞれ自分の現状と今後を想定した生き方を選びます。

但し、過去ほとんどが企業に勤めることで生きてきた人が、
シニア年代になってから 新しい生き方、働き方を考える人は、
経済面、健康面での強い意識を持つ人に限られると思います。

またそういう人は、他人に言われてではなく、自身の意志で実践するでしょう。

団塊の世代が逃げ切り世代と言われない方法を自ら描けるか、
社会からの要請や圧力からそうせざるを得なくするか、
そうなるか・・・。

しかし
人間とは不思議なものというか、当然と見た方がよいのでしょうか
年を経るごとに、保守化し、老人化する。
変化を拒否する。

これにも個人差、ありですが・・・。

131681

受益者負担。
この根本的な原理を、後世代の幸福を考えて、
高齢者が素直に受け入れることができるメンタリティ、
精神を持つ社会でありたい。

その社会の一員であることを自覚し、
適切な行動をとることができる世代でありたい。

具体的には、
健康上の痛みや不自由を少しでも我慢できる、
我慢することが普通である社会とその住民でありたい。

過重医療・薬剤投与、終末期過剰措置も
柔らかくお断りする、しなやかさ、穏やかさを持っていたい。

そうしたメンタリティ、態度姿勢は
決して、国や政府や官僚からの押し付けから理解し
実践することを強いられるのではなく、
社会的な風土、文化として自然形成され、伝えられていくことが望ましい・・・。

老人男性

記事で取り上げているような
データや研究理論に沿った能力や考え方で
高齢者はこうだ、こうあるべきだ、と主張することに
さしたる価値、意義・意味があるようには思えません。

15年前と比べて、云々と言ったところで
以前は平均余命が短かったし、介護の問題も
今ほどではなかった・・・。

文中の能力と認知症との関係については触れられていませんし・・・。
(認知症の問題は、いずれ取り上げたいと思っています。)

これからのシニアの価値観やものの見方・考え方が
どのように変わっていくか・・・。

一人ひとりの生き方に
それらがどのように反映・投影され
社会的な傾向として現れ
社会や地域や家族に影響を与えていくのか・・・。

シニア世代としての役割と責任を
しっかり意識がある内に確認し、自身の生活を通じて果たしていく・・・。

その知恵と行動が結果的に
「老年学」や「加齢学」「認知学」に反映される、と思うのです。

それらの学問は、実際の経験を通じて形成され、
望ましいあり方であるかのように組み立てられたものなのですから・・・。

データが先にあって
それを真似て、それに倣って実践しよう、というわけではありません。

自体は、事実は、少しずつ変わって行っているのです。
個人と社会との微妙な行動、暮らし、
そして願わくば、望ましい意識の変化と共に・・・。

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