若い世代に必要な賃貸住宅支援政策。高齢者にも同じ課題。:日経<経済教室>小論から
2015/10/12付日経<経済教室>に、平山洋介神戸大学教授による
「若年向け賃貸住宅 支援を 社会維持基盤に影響」と題したレポートが
掲載されました。
以下、引用転載します。
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<親元離れ世帯形成は90年代の3分の2に>
若い人たちは、親の家を出て独立し、仕事と収入を安定させ、結婚し家族を持ち……。
そうして人生の道筋をつくっていくと考えられている。
しかし標準パターンの軌道をたどる若者は減った。
増えたのは、親の家にとどまる未婚の世帯内単身者。
親元からの独立(離家)の遅れは若い世代の目立った特徴となった。
親の家を出て新たな世帯を形成したのは(世帯主25~34歳)、1994~98年には
101万世帯であったのに対し、2009~13年には66万世帯に減った。
そして、独立したグループでは転居が減り、動かない世帯が増えている。
若年世帯(同)のうち転居した世帯の比率は、94~98年には73%であったのに
比べ、09~13年には48%に下がった。
また、親元を離れたグループでは単身のままの人たちが増加した。
国勢調査によれば、25~34歳人口のうち世帯内単身者、単身者の比率はそれぞれ、
90年には24%、12%であったが、10年には33%、16%に上がった。
離家、結婚、出生などの「次の段階」になかなか進まず、「停滞」したままの
若者が増えている。
その原因の一つは経済の低迷にある。
雇用と所得の不安定さは若年層の離家を減らし、結婚・出生を抑制した。
もう一つ、大抵見落とされているが、住まいの状況に注目する必要がある。
<欧州に比べて日本の賃貸住宅政策は貧弱>
戦後日本の政府は、持ち家促進の住宅政策を展開した。
かつて住宅を購入する多数の世帯に低利融資を供給した住宅金融公庫が07年に
廃止された後も、住宅ローン減税などによる持ち家促進が続いた。
一方、賃貸住宅に対する政策支援は乏しいままだ。
日本の賃貸住宅政策は、先進諸国の中で異例といえるほど弱い。
欧州諸国では、公的賃貸住宅のストックが蓄積され、家賃補助などの公的住宅
手当を供給する制度がある。
00年代前半のデータによれば、公的賃貸住宅率と公的住宅手当の受給世帯率は、
オランダでは35%と14%、英国では21%と16%、スウェーデンでは18%と20%、
フランスでは17%と23%。
これに対し、日本では公的賃貸住宅は5%と少なく、公的住宅手当の受給世帯は
皆無に近い。
経済低迷と賃貸支援の弱さの組み合わせが、若年層を停滞させるメカニズムを
構成した。
若者が親元を離れ、単身者として独立するには賃貸住宅が必要になる。
結婚して新しい世帯を形成しようとする人たちもまた、最初の住まいとして賃貸
物件を探す。
持ち家促進に傾き、借家支援が弱い国では賃貸コストが高い。
経済が伸びていた時代の若い世帯は、収入の安定・上昇に支えられ、賃貸市場に
加わった。
しかし90年代以降、経済は不安定化し、政府の賃貸支援は弱いままだ。
離家・結婚に必要な賃貸コストを負担できない若者が増えた。
賃貸市場の動向を知るには、その階層構成の変化をみる必要がある。
賃貸ストックには、低家賃の木造アパートから高級マンションまで、多彩なタイプ
の住宅がある。
東京都内に関して年収・家賃別に借家世帯数の構成をみると、年収構成は低所得側
に少しずつ傾いてきたのに対し、家賃構成は高家賃側に劇的にシフトした。
1カ月の家賃が7万円未満の世帯は、88年には約8割を占めていたが、13年には
5割弱にまで減っている。
景気が悪く収入が減ったことから、市場家賃に下方圧力が発生するので、同一住宅
の家賃は確かに下がってきた。
しかし賃貸ストックの構成が変容し、低家賃住宅が減った点を注視する必要がある。
この変化のため、より低所得の若者は親の家にとどめられ、親元から独立する若者
の家賃負担はより重くなった。
欧州では「政府」の仕事である低家賃住宅の供給を、日本では「会社」が担うとい
う独特の現象がある。
しかし、充実した福利厚生制度は大企業に限られ、景気低迷の影響もあり、社宅供
給は急減。
かつては民営借家の市場で低家賃のアパートが供給されていたが、そのストックの
多くは老朽化・劣化のために取り壊された。
海外では低家賃住宅の中心は「非市場」住宅である。
その割合(10~11年)をみると、ロンドンでは24%(自治体住宅、住宅協会住宅)、
ニューヨークでは38%(公共住宅、家賃規制借家)を占める。
これに比べ、東京では11%(公的賃貸住宅、社宅)にすぎない。
一方、市場家賃住宅の比率は、ロンドンの25%、ニューヨークの30%に対し、東京
では43%と際立って高い。ロンドン、ニューヨークは市場経済を高度に発展させた都
市である。
これらの「資本主義都市」でさえ、賃貸住宅支援の政策介入を続けてきた点に注目
したい。
ロンドンでは公的家賃補助の供給も多く、その受給世帯は25%に及ぶ。
若年層の停滞は、彼ら自身の問題であるだけでなく、社会・経済の持続可能性に影
響する。
少子化は社会維持の基盤を揺るがしている。
日本では住宅政策の役割を結婚と出生に関連づける議論は未発達だが、住まいのあ
り方は結婚・出生を抑制もしくは促進する要因になる。
賃貸コストを負担できず、親の家にとどまる若者が増えれば、結婚・出生は減らざ
るを得ない。
欧州委員会は05年、「欧州人はより多くの子どもを持ちたいと思っている。が、住
宅確保の困難さを含むあらゆる種類の問題群が彼らの選択の自由を制限する」と指摘。
住宅事情の改善が出生率の回復を支えるという認識を示した。
<若者が独立せず動かないと経済活力そぐ>
経済持続の観点から、若者が次の段階に踏み出すことの重要さを知る必要がある。
新規世帯をつくる若者は、労働者・消費者として市場経済に新たに参加し、その活
力を刺激する。
換言すれば、離家の減少は経済縮小の原因になる。
若者の多くは、結婚のために転居し、子どもを持つ前後に住み替える。
転居の減少には、結婚・出生の減少が反映している。
若者が親の家にとどまって独立せず、独立しても動かないという状況は、経済活力
をそぐ一因となった。
社会・経済の持続に向けて、若年層向け賃貸住宅政策を抜本的に拡充すべきだ。
低コスト住宅が充実すれば、親元を離れようとする若者が増える。
良質の賃貸住宅に簡便に入居できるのであれば、それは家族を持とうとする人たち
の背中を押す。
政府が持ち家促進を重視したのは、経済刺激の効果を得るためであった。
景気悪化のたびに住宅ローン減税が実施された。
しかし収入は増えず、住宅購入はより困難になった。持ち家一辺倒の政策では、経
済刺激はもはや得られない。
一方、若年層向け賃貸住宅政策を拡大し、彼らの「動き」を支え促すことは、間違
いなく新たな経済効果を生む。
離家、結婚、出生に向かうかどうかは、個人が自由に選択すべき問題だ。
社会と国家のために家族をつくる必要はない。
しかし、次の段階を望む若者が多いのであれば、その条件を整えることは公共政策
の課題になる。
若い世代の選択の幅を広げるために、「住宅からのアプローチ」がもっと試されて
よい。
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とても示唆に富んだ、意義深いレポート、提言と思います。
なるほど! という感じです。
しかし、巨額の財政赤字を抱える日本では、結局財源をどうするかの問題に
収斂されることになります。
新たな財源が必要に、それが重要かつ効果的と想定されても、他の財源から
持ってくるしかない・・・。でも既得権の方が強く、ガードがきつい。
新たな財源とされるのは、消費増税くらいで、これももうかなりの部分の行
先は決まっている。
それも先送りされ、軽減税率導入とかで、実入り(税収)も少なくなる可能
性が・・・。
行政改革によるコスト削減は、同様既得権をみすみす手放す仁徳あふれる国
会議員や公務員などいようはずもなく、スローガンを掲げ続けるだけ。
その文字はかすんで見えなくなっている。
野党などは、より保守の体質を持っているので、なかなか浮上できない。
かと言って経済成長頼みだったアベノミクス頼みの与党も、野党よりもマシだ
ろうという低いレベルで、本質的な構造改革・財政改革には、ほとんど手を付け
ない。
自分たちの時代にはできないこと、無理なこと、と分かっているから、すべて
経済頼みと神頼みにして、自ら血も流さなければ、汗もかかない。
希望は、2020年の東京オリンピックと、時折、日本人の素晴らしさを見直させ、
なんとなく将来は明るいと(政府に代わって)一時は思わせてくれるノーベル賞
とか・・・。
さて、やはり保育・介護問題、少子超高齢化、晩婚・非婚化、下流老人、シン
グルマザー等、課題先進などというぬるいものではなく、問題爆積の日本社会。
神風に頼らず、政治を変える必要があるのですが、ここはやはり、産・官・学・
民合同・協働で取り組むしかない!
他人頼みではいけないのですが・・・。
取りあえずできることは、言葉を発信することなので、なんとか継続してやって
いきます。
しかし、若者の住宅政策。
シェアハウスも伸び悩みなのでしょうか・・・。
公的な住宅政策は、実は、若い世代だけでなく、単身高齢者にも同様必要かつ
重要な課題であります。
民間介護施設の適正な費用での事業化を期待したいと思うことと同様、民間
住宅事業においても期待・希望したいことは言うまでもありません。
企業の社会的責任(CSR)を再度確認し、ビジネスモデルを創造する企業家・
起業家の輩出も期待したいものです。