「家族の衰退と消費低迷」から考える

2016/11/30から日経【やさしい経済学】欄で、山田昌弘中央大学教授による
「家族の衰退と消費低迷」と題した小論シリーズが掲載されました。

2017年に入り、今年は、家族と結婚というカテゴリーにも力を入れることを考えており、
軸とする新書も今、準備中です。
その前に、上の小論連載記事を紹介します。

第1回:現代の家族の変化と社会と経済との関係を読む:日経<家族の衰退と消費低迷>から(1)

今回は、第2回です。

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 (2)戦後家族モデル、若者の目標に (2016/12/1)
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 まず、戦後家族の変遷を簡単にみていきましょう。

 戦前までの家族の大多数は、農家など自営業家族でした。
 夫も妻も高齢者も子どもも一緒に農作業などを行い、昔ながらの生活を維持することが家族
の目的でした。
 多くの庶民は生活するのに精いっぱいで、余裕が出ても蓄えに回されました。
 伝統行事やお祭りなどへの一時的な支出はあっても、生活を向上させたくてもできない相談
でした。

 戦後、工業が勃興し、産業化が進展しました。
 それと同時に、夫はサラリーマン、妻は専業主婦という性別役割分業型の家族が登場します。
 1955年ごろから始まる経済の高度成長期には、農村から都市部に出てきた若い人たちが結婚
して子どもを育て始めます。核家族時代の到来です。

 その時にモデルになったのが、欧米の中産階級の家族です。
 当時普及し始めたテレビでは「パパは何でも知っている」「ルーシーショー」など、米国の
ホームドラマが放映されました。
 そこには、夫は外で働いて自家用車で帰宅し、妻は専業主婦でケーキを作り、リビングとダ
イニングと寝室がある家に住み、子どもと一緒に家族だんらんを楽しむ姿が映し出されました。

 また、皇太子殿下(当時)のご成婚(59年)があり、皇太子ご一家の生活が報道され、エプ
ロン姿で料理を作る美智子妃殿下(当時)など、欧米風の生活の様子が紹介されました。

 当時、都会に出てきた若者は、そのような家族を理想としてつくろうとしたのです。
 結婚当初は、風呂なしアパートや社宅、家電製品もほとんどない状態から生活をスタートし
ました。
 しかし、終身雇用、年功序列の雇用慣行によって、サラリーマンの夫の収入が徐々に上がる
ことが保証されていました。
 農家など自営業の家族も、政府の保護政策もあって、年々収入が上がるようになりました。

 「夫が主に外で働き、妻が主に家事をし、豊かな生活を目指す」――。
 これを家族の戦後モデルと呼んでおきましょう。
 高度成長期に成人を迎えた若者(1930~50年生まれ)の多くはこのモデル家族をつくること
ができました。
 それが経済成長と家族の豊かさの好循環を生んだのです。

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よく語られる戦後の家族の一般的なモデル。
高度成長期と並走して、豊かさを形成し、享受できるようになった現代家族。
いわゆる団塊の世代とそれに少し先行する世代の暮らし・・・。

しかし、私の家族の事例を少しお話すると、そうした家族モデルとは異なる面が多あります。
明治40年生まれの父、大正2年生まれの母には、7人の子ども。
軍の職員として働いていた父は、出身地の北陸の田舎に帰り、自営業店舗を起こして家業化。
私(1950年3月生まれ)だけが、その地で生まれた子どもというわけです。

うち長男・長女は、幼い時に死んでおり、実質は2女3男の5人の子ども。
長女は、高卒後東京に出て就職し、定年退職し、独身をとおしています。
次女は、同様東京で短大に入り、卒業後仙台市の企業に就職し、20代前半で社内結婚し、1男1
女の働く母に。その後退職。息子は他家に婿入りし、長女は現状独身で自宅から通勤の生活。
70歳を超えた夫婦と娘の3人暮らし。
長男は、地元官庁に就職した後東京に出て起業したり転職したりで、結婚し₂女1男の父に。
3人の子どもは未婚で、2人はマンションを購入したとか。
70代の夫と60代後半に入った妻と娘との3人暮らし。
次男は、しばらく外で仕事をし、結婚し1女₂男をもうけ、その後家業を継いで家に戻り、認知症
に罹った両親を介護してくれ、施設と自宅で看取ってくれました。(共に92歳で亡くなりました。)
今は、70歳を超えた兄と60代後半の兄嫁2人の暮らし。
そして私は、20歳を前に家を出、少し回り道して、大学卒業後一旦出身県の県庁所在地の企業に
就職。考え通り早めに結婚して、3人の男の子の父親に。その後転職をしつつそこそこの規模の企
業に入り、37歳で独立。子どもは全員家を出て、結婚もし、今は、前期高齢者夫婦2人の生活・・・。
長く同居していた義母は、一昨年サ高住に入ってもらいました。

少なくとも、高度成長期の一般的な家族モデルの形成プロセスとは、かなり異なります。
典型的なサラリーマン生活をおくった人が一人もいない家族なんですね。

というわけで、今回の小論も家族社会学で示されるモデルではありますが、個々人レベルでは、
当てはまらない人が多数、多様にあることを認識しておくべき、と常に私は考えています。
そして、それらの特徴の負の面を捉えて、被害者意識をもったり、社会や政治など、責任をだれ
かに押し付けようとする行為は、あまり意味のないこと、とも思うのです。

若者が目標とした戦後家族モデルとは、何だったのか?
経済的側面だったのか、家族を形成することそのものだったのか・・・。
夫婦関係、親子関係のモデルをどう描いていたのか・・・。

数を象徴的に捉えることの意味・意義にどれほどの価値があるのか・・・。
マーケティングと似通った見かけのロジックには、注意が必要と思うのです。

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