厚労省各種調査は少子化対策に活かされているか?:日経<少子化対策に新たな視点>から(下)

2017/2/7付、同2/8付日経【経済教室】欄に「少子化対策に新たな視点」
というテーマで、2回小論が掲載されました。

新しい視点での少子化対策?
そんな手立てが果たしてあるか・・・。
前回、その1回目は
効果が明確な保育サービスの現物給付。財政改革の壁を破る責任は?:日経<少子化対策に新たな視点>から(上)

今回の2回目は、柴田悠・京都大学准教授によるものです。
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 「少子化対策に新たな視点」(下):
 希望出生率1.8は実現可能 8年間に全施策の投入を
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 出生率の上昇や出生数の増加そのものを政策目標とすると、産まない人が生き
づらい社会になりかねない。
 少子化対策の政策目標は、あくまで「産みたい人が産めるように環境を整える」
ことにある。

 こうした観点から、政府は「2025年度に希望出生率1.8を実現する」という目標
を掲げている。
 この1.8という目標は10年の全国調査などに基づいて、子育て世代の希望子ども
数を推計した数字だ。
 15年の出生率は1.45なので、25年までに0.35引き上げることが目標となる。

 各種調査によれば、少子化対策としては以下の4つが有効だろうと予想できる。

 まず1980年代以降、有配偶出生率はほとんど下がっていないが、有配偶率が下が
っている。出生率低下の主要因は有配偶率の低下だ。

 ではどんな人が結婚して子どもを産む傾向があるのか。
 厚生労働省「21世紀成年者縦断調査特別報告書」(13年)によれば、男女ともに
高所得者の方が結婚しやすく、共働き夫婦の方が、また妻が育児休業制度を利用で
きる方が第1子が出生しやすい。
 つまり結婚も出産も、所得が安定している方が生じやすい。

結婚収入相関

出産育休相関

 そのため、結婚や出産を支援する少子化対策として、子育て費・教育費の大幅軽
減につながる「(1)児童手当の増額」「(2)大学学費の軽減」が有効だと予
想できる。

 次に厚労省「21世紀成年者縦断調査」(02~15年)によれば、夫の平日や休日の
家事・育児時間が長い夫婦ほど、第2子以降が出生しやすい
 長時間労働の夫は家事・育児時間が短くなりがちだと考えられるので、
「(3)労働時間の短縮」も有効だと予想できる。

出産イクメン相関

 さらに厚労省「21世紀出生児縦断調査特別報告書」(13年)によれば、共働き夫婦
では第1子の3歳未満時に保育サービスを利用していた方が第2子が出生しやすい。
 また宇南山卓・一橋大准教授らの分析によれば、00年代前後のデータでは、若年
女性人口に対する認可保育所定員率が増えた都道府県ほど、出生率が上がる傾向があ
った。
ここから「(4)保育・幼児教育の拡充」も有効だと予想できる。

 他方で、これら4つの少子化対策は経済的にも有益だと考えられる。

(1)児童手当の増額は、宇南山准教授の分析によれば、低所得かつ低資産の世帯で
は消費を増やすという経済効果が見込まれる。

(2)大学学費の軽減は、人々の教育水準を上げるとともに、長期的には投資額
(国立大相当学費軽減53万円×4年間を含む)の1.3倍の政府財政貢献をもたらすと見
込まれる(国立教育政策研究所による試算を参照)。
 短期的にも、大学学費軽減で子育て世帯の貯蓄が一部消費に回り、消費需要が増え
て商品・サービスの付加価値と労働生産性が高まるだろう。

(3)労働時間の短縮については、山本勲・慶大教授らの分析によれば、国内企業約
800社の90~00年代のデータでは、労働保護度や正社員率の高い企業や女性活躍企業
などで、長時間労働是正が数年後の全要素生産性(資本投入量と労働投入量の合計に
対する付加価値の比率)を高める傾向があった。

(4)保育・幼児教育の拡充は女性の就業率を高めることで、経済効果をもたらすと
期待できる。
 朝井友紀子・東大研究員らの分析によれば、00年代のデータでは、6歳未満人口に
対する認可保育所定員率が高まった都道府県ほど、母親の就業率が増える傾向があった。
 また宇南山准教授らの分析によれば、80~00年代のデータでも、若年女性人口に対
する認可保育所定員率が高まった都道府県ほど、若年女性の就業率が増える傾向があった。

 さらに山本教授の分析によれば、上場企業約1千社の00年代のデータでは、正社員女
性比率が増えた企業ほど利益率が高まる傾向があり、この傾向はワークライフバランス
制度(短時間勤務制度や専任部署設置)が整っていた企業ほど顕著だった。
 これは女性の参入により職場の生産性が高まる傾向があることを示唆している。

 他方で、安梅勅江・筑波大教授らの調査によれば、3歳未満児の親は、認可保育所を
利用した方が子どもをたたく行動が減りやすく、子どもの社会的能力の発達が促されや
すい。
 そしてジェームズ・ヘックマン米シカゴ大教授の分析によれば、社会的能力の発達は
長期的には投資額以上の政府財政貢献を生む。
 なお保育が拡充されれば、低所得の親が共働きしやすくなり、子どもの貧困率も減る
だろう。

 では出生率を25年までに0.35引き上げるには4つの政策をどの程度実施する必要があ
り、またそれに伴い労働生産性と子どもの貧困はどの程度改善されるのか。
 こうした視点での試算は前例がない。

 そこで筆者は、経済協力開発機構(OECD)加盟28カ国の80~09年のデータを使い
4つの政策の効果を分析し、その結果を日本に当てはめて効果を試算した(図参照)。
 先進諸国の過去の平均的傾向を今後の日本にそのまま当てはめたにすぎないうえ、因
果関係のメカニズムも不明なため、あくまで粗い分析と試算だ。
 政策効果の可能性を提起する新たな視点として、議論のきっかけになればと思う。

 (2)大学学費の軽減と(3)労働時間の短縮については、1年単位のデータ変動の
分析では出生率に対する効果がみられなかったが、5年単位のデータ変動の分析では効
果がみられた。
 ただし後者の分析では時点数が少ないため、シンプルな分析法を用いざるを得ないこ
ともあり、逆の因果はほとんど除去できていない。
 そのため、政策効果がかなり過大評価されている恐れがある点は留意されたい。(←上から目線表現)

 これら以外は、主に1年単位の分析であり、詳細は拙著『子育て支援が日本を救う』
(16年)で公表した通りだ。
 なお(1)児童手当の増額については、出生率や労働生産性に対しては効果を示さな
かったが、子どもの貧困率に対しては保育の拡充よりもやや小さな改善効果を示した。

 試算では17年から25年までの8年間で、(2)大学学費の国立大相当額(年間53万円)
を全員免除(進学率2%上昇想定、年間予算1兆7千億円増額)(3)労働時間を年間
100時間(週平均2時間)短縮(00~15年にかけての短縮幅102時間にほぼ匹敵)
(4)保育・幼児教育の拡充により潜在的待機児童(17年度末で34万人想定)を解消
(年間予算1兆4千億円増額)――という施策の実現を前提とした。

 これらの施策をすべて実施すると、出生率は0.345上昇して25年に1.795となり、希望
出生率1.8がほぼ実現されると見込まれる。
 これらを実施しない場合と比べ、労働生産性上昇率(10~15年平均は0.93%)は年平
均0.96%引き上げられ、また子どもの貧困率(12年は16.3%)は25年までに2.2%低下
すると見込まれる。

 施策実現には3兆円強の財源が必要となるが、拙著での試算によれば、相続税の拡大
や配偶者控除の所得制限、年金課税の累進化などで捻出可能だ
 これらの財源策は、消費拡大や就労促進、財政効率化をもたらす利点もあろう。

 まだ粗い分析・試算であるため、今後は政府系研究機関によりさらに精緻な分析・試算
が試みられることを願う。

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