世代間・性差間の不公平性を孕む年金保険制度の本質:日経「公的年金の保険原理を考える」より(1)
時々関心を持てるテーマの時に利用している日経の【やさしい経済学】。
2017/2/24から玉木伸介大妻女子大学短期大学部教授による
「公的年金の保険原理を考える」が8回シリーズで連載されました。
世代間の公平性と関連する大きな課題のひとつでもある年金問題。
このミニ講座で基本から勉強したいと思い、2回分ずつ紹介していくこ
とにします。
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1.積立型「貯蓄」でなく「保険」
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◇今回から日本の公的年金保険制度について解説します。
公的年金は多くの高齢者の生活を支えています。
しかも給付は終身、いくら長生きしても「尽きない」のです。
まさに命綱でしょう。
他方、現役世代は収入の少なくない割合(厚生年金では事業主分を含め、今
年9月以降は18.3%)を保険料として負担します。
世代を問わず、個々人の生活においてとても大きな意味を持っているのです。
社会全体ではどうでしょう。
高齢者を扶養しているのは生産活動を行っている現役世代です。
この現役世代による高齢者の扶養という営みを、個々の家族の中ではなく、
社会全体で行うのが公的年金保険です。
年金の給付総額は年間53兆円(2014年度)に達し、国税収入に匹敵します。
これだけのお金が現役世代から政府を経由して高齢者へと流れているのです。
ところが、この非常に重要な公的年金保険の仕組みを、説明したり理解した
りすることは、それほど簡単ではありません。
そこで、この連載では制度的な事柄は徹底的にそぎ落とし、原理的な部分だ
けを扱います
(詳しくは日本経済調査協議会「若者に伝えるべき公的年金保険の原理」)。
まず、個人の「生活」の観点から見ましょう。
毎月払うのは「保険料」です。
その名の通り、厚生年金も国民年金も、保険です。
しかし、意外なほど意識されていません。
というより、積立型の「貯蓄」であると誤解されているのです。
貯蓄であれば、満期に元本と利息を受け取ります。
しかし、保険は違います。
火災保険料を払っても、火災にあわなければ保険金は受け取れません。
火災保険では、火災という「保険事故」があった場合だけ、保険金が支払われ
るのです。
では、公的年金保険では何が保険事故でしょうか。
年金保険では、生きて支給開始年齢になれば給付が行われます。
つまり、支給開始年齢以上の長生きが「保険事故」なのです。
長生きというリスクが顕在化したら、年金給付という名の保険金が支払われる、
そういう仕組みなのです。
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2.長寿の貧困リスクをカバー (2017/2/27)
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◇前回、公的年金保険は長生きというリスクが顕在化したら年金給付という名の
保険金が支払われる保険だと説明しました。
なぜ長生きがリスクかといえば、あまりに長生きすれば生活費がかかり、貯蓄
が底をついて路頭に迷うからです。
つまり貧困のリスクです。
公的年金保険制度がない社会を考えてみましょう。
高齢になれば、若い頃のようには働けなくなり、勤労所得はなくなります。
公的年金保険がなければ、若いうちに老後に備えた貯蓄をすることになります。
ところがここで大問題に直面します。
自分が何歳で死ぬのか、誰も将来のことは分かりません。
平均余命までの暮らしを支える貯蓄をしても、50%の確率でそれ以上に生きる
ため、2人に1人は貯蓄が底をつき、路頭に迷います。
平均寿命を超える90歳まで暮らせるように貯蓄に励んでも、91歳まで長生きし
たら、やはり人生の最後の日々で路頭に迷います。
よほどの資産家でもなければ、どこまで貯蓄しても安心はできません。
長寿の喜びと路頭に迷う恐怖が一体になってしまうのです。
では、公的年金保険があるとどうなるでしょうか。
政府は集めた保険料を、高齢者に対して、現役の頃に納めた保険料が多いか少
ないかを反映させつつ、給付として配ります。
支給開始年齢以前に亡くなった人には支給されず、掛け捨て保険になります。
他方、長生きした人には、100歳を超えても給付が打ち切られることはありま
せん。
若い頃に保険料を払ってさえいれば、どんなに長生きしても安心、これが公的
年金保険の最大の効用です。
効用はそれだけではありません。
高齢者が年金で自活できるようになるため、個々の家族の中での現役世代から
親への仕送りは、しなくても済むか、する場合でも少ない額で済みます。
長生きリスクの保険があるかどうかということは、引退が近い中年や高齢者世
代にとって切実なだけではなく、高齢の親を扶養しなければならない若い世代に
も身近な問題として大きく関わってくるのです。
次回は、この公的年金保険と年老いた親の扶養の関係について詳しく説明します。
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年金の仕組み、というよりも年金の思想、というべき基本のお話。
そんな感じです。
ふと考えたのですが、年金制度がある故に、貯金をしようと思う気持ちが弱く
なる、貯金する必要があると切実に思わない。
そういう人も中にはかなりいるかもしれない・・・。
受け取れる金額が思ったほど多くはない。
そんな不平不満を感じる人が、現実的に多く、それは制度が悪いから、と・・・。
特に国民年金加入者にそう感じる人が多いのではないでしょうか。
支払ってきた保険料が少なかったことにはあまり意識がありません。
受け取る年金額に不安があるから、困らないように貯蓄に励む。
望まれる行動ですが、低所得者には無理な話です。
長寿リスクと貧困リスクに備える公的年金保険制度。
一面から見れば長寿、というリスクは、一面から見ると、受給できる年金が、
長寿のご褒美、のように思えるかもしれません。
一方、貧困リスクへの備えとしての年金制度は、貧困問題を根絶させるほどの
威力・効果は持ちえません。
保険で十分カバーはできないのです。
保険があるから、絶対安心ということではない・・・。
世代間の負担と受給のアンバランス。
人口構成により、年金保険システムに支障が生じるリスクが目に見えている。
その不公平リスクへの備えを、現時点で現実的に考えることは、ない。
もう一つ、あまり言われないのですが、性差間の負担と受給のアンバランス。
現在の女性高齢者の多くは、自身が働いて厚生年金保険料を負担してきた経験
があまりないでしょう。納付した保険料も少ない・・・。
そして、圧倒的に女性の平均寿命が男性よりも長いため、その分、受給する年
金額が男性よりもはるかに多い。
しかし、こうしたアンバランスも含むからこその保険制度ということになりま
す。それが保険というものだ。ということです。
問題はある、でも、ないよりも絶対に、ある方がよい。
それが保険の思想に基づく、公的保険制度と言えるでしょうか。
しかし、高齢おばあさん、おばさんたちの元気さはすごいですね。
年金依存度が高いのですが、あまり感謝しているように見えませんし、受け取
るのが当たり前、普通のことと思っているのでは・・・。
度量が小さいのか、そう感じてしまう、わが国の年金諸事情であります。