原理通りでは問題解決できない年金保険制度:日経「公的年金の保険原理を考える」より(4)
関心があるテーマの時に利用している日経の【やさしい経済学】。
2017/2/24から玉木伸介大妻女子大学短期大学部教授による
「公的年金の保険原理を考える」が8回シリーズで連載されました。
世代間の公平性と関連する大きな課題のひとつでもある年金問題。
このミニ講座で基本を勉強したいと考え、2回分ずつ紹介してきました。
第1回:世代間・性差間の不公平性を孕む年金保険制度の本質
第2回:年金制度の思想に、家族主義を持ち込むことの是非
第3回:生産性向上と経済拡大に依存する公的年金制度の危うさ
今回は、最終回で、7と8をまとめて紹介します。
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7.積立金、利点と問題点の両面 (2017/3/6)
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◇今回は積立金について取り上げます。
賦課方式でも積立金は持ち得ます。制度が始まってしばらくは受給者が少ない
ので、特に現役世代の所得が急増する高度成長期には保険料収入がどんどん増え、
積立金が形成されやすいのです。
積立金の運用益や取り崩しは給付財源としては補助的ですが、安心感をもたら
すこともあります。
リーマン・ショックのような急激な景気後退や失業の増大があると、現役世代
の給与総額は減少し、保険料収入も減ります。
積立金がなければ、保険料収入の減少に応じて借金をするか、給付を減らすし
かありません。
積立金があれば、取り崩して給付に回せるため、制度の安定性が高まるのです。
ところが積立金が逆に不安定性を持ち込むこともあります。
運用の収益は大きく変動します。何兆円もの損失を出す可能性もあります。
それだけなら長期的な運用姿勢を貫くことで、ある程度は対処できます。
問題は数十年あるいは百年という長期にわたり、運用に適した金融資産を年金
制度が必要とする規模で確保できるのか、あるいは、あらゆる金融資産が価値を
失う可能性(例えばハイパーインフレーション)を排除できるのかという点です。
年金積立金を増やすと政府が決めても、年金運用に適した債券の発行は増えま
せんし、優良な不動産物件が増えるわけでもありません。
また今後50年、100年間にハイパーインフレーションが起きない保証もありま
せん。
金融資産の価値を長期にわたって増やしたり保ったりするのは、容易なことで
はありません。
賦課方式の利点の一つはこうした問題から隔離されていることです。
現役世代から集めた保険料をそのまま給付に充てるので、政府経由のお金の動
きに時間差がほとんどありません。
時間差がないということは、金融の要素がないということ、金融に伴う不安定
性から離れていることができるということです。
賦課方式を基本とすることで金融の不安定性を相当程度まで遮断し、しかも、
ある程度の積立金によって大きな経済変動があっても一定期間は耐えられる日本
の制度は、実はなかなかうまくできているのです。
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8.変化に応じ、不断の修正必要 (2017/3/7)
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◇最終回は今後の公的年金制度のあるべき方向について考えてみましょう。
その際、社会の根底にある長期的な変化として、少なくとも次の2つは踏ま
えなければなりません。
第一に、寿命の延びです。
日本人の平均寿命はまだ延び続けています。今後も、再生医療が広く実用化
されたりしたら、従来の予想以上に延びるかもしれません。
そうなれば長生きリスクが高まるので、老後の貧困を防ぐための公的年金保
険制度の役割は増します。
今までよりも長く働いて、支給開始をなるべく遅らせることが必要です。
「長く薄い」給付を「短く厚い」給付に変えて、人生の最後の局面を支える生
活の糧を十分に確保できるようにしなければなりません。
第二は、本格的な労働力不足の時代に入っていくことです。
約20年前から生産年齢人口は減少していますが、不況や女性の労働参加など
で人手不足は顕在化しませんでした。
しかし、団塊の世代が引退し、一部の業種では人手不足が経営上の大問題に
なっています。
今後は60歳代や元気な70歳代を戦力化できる企業しか生き残れないかもしれ
ません。
まだ高齢者を戦略化しようとする動きは極めて限られますが、企業が本気に
なって取り組み始めれば、世の中は変わります。
ただ、今の制度では、年金を受給する高齢者が勤労してある程度の所得を得
ると、年金給付がカットされるので、雇う意欲も雇われる意欲も後退します。
公的年金保険制度が世の中の変化を阻害しているのです。
この他にも日本社会は今後、様々な大きな変化に遭遇するでしょう。
そうした変化に合わせて制度を修正していくことが必要です。
賦課方式の公的年金保険は、決して永久に不動のものではなく、世の中の変
化への適応を不断に繰り返していくものなのです。
この制度を安定させ、同時に不断の修正を可能にするには、国民の理解と信
頼が不可欠です。
特に若者に長生きリスクと扶養リスクへの対処を助ける社会全体の大きな財
産であることを理解してもらうための取り組みが重要になります。
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「公的年金の保険原理」を考えるというテーマ。
原理の勉強ですから、なるほどそういうものか、ものだ、という確認が、まず
できればいい。
しかし、現状と今後想定される問題点が分かっているなら、その対策・処方に
踏み込んでいく必要がある。
最後は、その課題を提示し、変化への対応の必要性を指摘して、おしまい。
さて、今後年金政策をどうするか・・・。
高齢者にもっと働いてもらい、支給年齢を遅らせ、支給額も抑制し、無納付の
若い世代に制度の理解を求め、納付者を増やす。
積立金の運用も、なんとかうまくやっていく。
まあ、保険原理をベースに考えれば、こんなところでしょう、誰もが思いつく
ことではあります。
しかし、国民年金と厚生年金の違い・格差への対策、財政赤字と連動する課題、
医療保険制度や生活保護制度との関連問題、税制など、公的年金制度と単純に括
っての問題以外に、保険原理だけでは済まない、済まされない課題が多々あるこ
とに目をやる必要があります。
単一原理で問題が改善・解決できるならば、とうに為されているはず。
そうではない対応方法を、原理にとらわれずに構想し、抜本的な改革に結びつ
ける。
そういう提案や取り組みもあるべき。
そんな視点での話題も機会があれば取り上げていきたいと思います。
最新刊『「老後不安不況」を吹き飛ばせ! 「失われた25年」の正体と具体的処方箋』
(大前研一氏著・2017/3/31刊)。
その中から、年金制度に関する提言を、次回紹介することにします。