直葬、無縁死、永代供養。薄れる家族関係・家族の絆が招く無葬社会の意味

2017/3/21と翌3/22付日経夕刊で、『130万人のピリオド 今どきの弔い』
と題した特集が2回掲載されました。
年間の死亡者数が130万人を超える時代。
その最期とその後をどうするか、現状から考えるレポート。
前回はその1回目
無縁墓化に備える改葬、広がる:年間死亡者数130万人時代のお墓の移転方法を知る
今回はその2回目です。

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 家族がいても「無葬」 永代供養に求める縁
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弔いがない「無葬」の時代が近づいている。
 葬式をして家の墓に入る普通の葬送が都会だけでなく地方でも減りつつある。
 貧困や孤立だけでなく家族関係の希薄化が影を落としている。
 葬儀をせずに火葬する「直葬」や一人で逝く「無縁死」が増え、遺骨がさま
ようことも。
 そうなる前に、生と死をつなぎ安心して死ねるよう永代供養に縁を求める動
きも広がってきた。

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 富山県高岡市は釣り鐘や仏具などの銅器づくりが盛んだ。
 街の象徴は日本三大大仏にも数えられる高岡大仏。
 そんな仏教になじみ深い町に、日本で初めて無縁の遺骨を宅配便で受け付けて
供養する「送骨」サービスを始めた寺がある。

 約700の檀家を持つ古刹の大法寺が敷地内に永代供養する合葬墓を建てたのは
2006年。
 子供が都心に出て墓の継承者がいない単身の檀家から相談を受けたことがきっ
かけだった。
 ところが、無縁仏も引き受けたため全国から問い合わせが相次ぎ、身寄りのな
い遺骨を引き取ってほしいという自治体まで現れた。

 本堂にはゆうパックで届いた遺骨3柱が供養を終えて置かれていた。
 うち1つは行旅死亡人。行き倒れの人の骨だ。
 行政の火葬許可証や生前の履歴書が添えられている。

 遺骨からうかがえるのは、家族の絆の弱まりだ。
 アパートの押し入れから骨つぼが2つ見つかり「引き取ってほしい」という大家
からの依頼。
 仲が悪かった父親の遺骨を「関わりたくない」と息子が放置し引き取ったことも
ある。

 行き場のない骨の供養を続ける栗原啓允住職(57歳)は「本当はこんな送骨シス
テムに頼らずに血縁者が弔うべきだ」と言う。
 その上で「先ず臨終のことを習うて、後に他事を習うべし」という日蓮上人の言
葉を引きながら「死を考えることは、結局生を支えることになる。家族がいるのに
孤立する例が増えている。そんな人も弔えるように我々は選択肢を提示している」
と話す。

 栗原さんは11年に行政書士らと無縁仏の供養、納骨をする送骨システム(5万円)
の対応をするNPO法人「道しるべの会を立ち上げた。
 単身高齢者の入院の身元引受人や財産管理など生前の生活から死後の支援まで手
掛ける。
 これまでに届いた遺骨は10の自治体の依頼を含め300を超える。
 大法寺の手法が模倣され、送骨を受け付ける寺院の一覧表を掲載したインターネ
ットのサイトも登場した。

火葬許可証
※犯罪の悪用を防ぐために無縁仏の遺骨に必要な行政発行の「火葬許可証」
(富山県高岡市の大法寺)
記事中の画像を転載させて頂きました。

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 現在約130万人の年間死亡者数は39年に167万人のピークを迎え、その後も160万
人台が続く。鹿児島県の人口に近い数が毎年亡くなる計算だ。
 京都市内にある実家の寺の副住職で『無葬社会 彷徨う遺体 変わる仏教』の著書
もある編集者の鵜飼秀徳
さんは「地縁・血縁が希薄になり寺の檀家制度が田舎でも
崩壊しつつある。死を丁
寧にみとる時代は過去のものになるかもしれない」と警鐘
を鳴らす。

 東京都港区の増上寺で2月、多死社会で変わる仏教と葬送について語る講演会が
あった。
鵜飼さんらと登壇した解剖学者の養老孟司さんは、葬送が簡素化している根本的
な背景についてこう解説した。
「人間一人ひとりに対する思いが軽くなったのだと思う。自分の代わりがいくらで
もいる。人の価値が減り、死が重くない社会になった」

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 散骨や樹木葬など墓石を持たない永代供養が広がる中、家ではなく個人の思いを
大事にした新しい弔いの形として「理想の墓」と呼ばれている寺がある。
新潟市角田浜の妙光寺だ。

 宗派を問わず承継者を必要としない永代供養墓を全国に先駆け1989年に建てた。
安穏廟(あんのんびょう)」と呼ぶ古墳型の美しい墓が日本海を望む境内に並ぶ。
 個人で入る会員制の墓で1区画85万円の納骨室には10体まで、友人でも埋蔵できる
 年会費(3500円)が途絶えた後も13年間は個別埋葬を継続し、その後は古墳の中
心に移して合同供養を継続する。

 横浜市に住む92歳の双子の妹が会員になり、認知症で独身の姉が東京で亡くなっ
た際に妙光寺まで遺体を運び納骨したこともあった。
最近は、過疎が進む佐渡島から妙光寺に改葬する例も増えている。

 小川英爾住職(64歳)が目指すのは寺を中心とした個人との信頼関係だ。
「人間関係が希薄になっても命の継承は大事。寺は教育の場であり地域の悩みを
解決する場であるべきだ」と主張する。

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寺院も後継不足 死後の安全網どう築く

 冠婚葬祭総合研究所によると、自分の葬儀は直葬でよいとする団塊の世代は半数
を超える。
 「親の葬式を経験し、子供には負担をかけまいとする人が多い」という。
 葬儀やお墓は、子が親を思うのではなく親が子の負担をなくす形に変わってきた。

 葬儀を行ってきた寺院も先行きは厳しい。
2040年までに現在の寺院の4割が過疎化や後継者不足で消滅するとの予測もある

 世界の葬送文化の研究をしている聖徳大学の長江曜子教授は「死への不安を和ら
げて生きるためにも、安易な葬送の簡素化は避けるべき。
家族が担えない場合は、持続可能なリサイクル型の公的墓地など、死後のセーフ
ティーネットを築く時期にきている」と話す。

直葬意思
※記事中の資料を転載させて頂きました。

(大久保潤記者・執筆)

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死と生の捉え方。
死生観。
平和社会であるがゆえの、長寿社会であるがゆえの、死の重みの消失。
核家族化社会、単身世帯社会であるがゆえ、社会との関係の希薄化ゆえ、でも
・・・。
逆説的ではありますが・・・。

死は無。
無に金と時間をかけるよりも、生あるものにそれらを使う方が合理的・・・。
ゆえに無になるまでに、金は有効・有益に使うことに意義がある・・・。

そう私は思います。
生をまっとうした後の無は、最低限・最小限の扱いでよい。
死後への対応は無用。
そう思う人が増えることが、社会の望ましい在り方を追求することの妨げには
決してならないでしょうから・・・。
今と、これから生きる人たちの望ましい生のために、時間とコストを有効に活
用してくれればよい。

無葬社会は、決して殺伐とした社会を意味するものではなく、むしろ未来志向
の楽観的な社会の創造に向かわせる生活様式の一つの切り口。
今回のレポートは、そうした社会への、ひとつの道しるべを提示していると捉
えたいと思います。

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