
待機児童解消策、気鋭の学者も提示不能。保育の本質に踏み込まず
2017/6/21から2回にわたって、日経【経済教室】欄で
「待機児童解消できるか」というテーマで、宇南山卓・一橋大学准教授と
山口慎太郎・マクマスター大学准教授、お二人の小論が掲載されました。
研究者が提案する待機児童解消策。
興味深く読みました。
前回は、宇南山准教授の論述を
◆保育料引き上げで、待機児童は解消できるか?:財政第一の待機児童対策の暴論
と題して、批判的に紹介しました。
今回は、山口慎太郎・マクマスター大学准教授の以下の論述です。
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待機児童解消できるか(下):
◆恵まれない家庭 重点支援 社会情緒的な能力を改善 (2017/6/22)
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待機児童数は3年連続で増加し、2017年度末までに解消するとした目標は
達成されない見込みだ。
◆主な原因は、女性の社会進出で保育所の需要が増え続ける一方、保育所の
整備が十分に進んでいないことにある。
◆厚生労働省が発表した新プランは18年度からの3年で約22万人分の受け皿
を整備するとしたが、これには大きな財政支出が伴う。
◆巨額の財政赤字を抱える中、待機児童解消のために大きな支出をすべきな
のかといった疑問も当然あるだろう。
待機児童を巡るこれまでの議論ではあまり取り上げられてこなかったが、
認可保育所に多くみられるような良質な保育施設は、幼児教育施設としての
側面も併せ持つ。
近年の経済学の研究では、幼児教育施設は社会にとって有望な「投資先」
とみなせることが示されている。
米シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授らの研究によると、社会経済
的に恵まれない子供たちが良質な幼児教育プログラムに参加した結果、成人
後の労働所得が増加する一方、犯罪への関与など社会的に望ましくないとさ
れる行動が減少している。
同教授によると、良質な幼児教育プログラムが生み出す成果を経済的に評
価すると、収益率は年率8%にのぼり、株式投資から得られる平均的な収益
率を大きく上回る。
様々な前提条件をおいて試算されたものなので注意が必要だが、幼児教育が
生み出しうる経済的利益を大まかに把握する助けになる。
主要な経済的利益のひとつは労働所得の増加。
幼児教育が子供の能力を引き出し、学校卒業後に高給かつ安定した仕事に就
けるようにする。労働所得の増加に伴い社会福祉への依存が弱まり、関連する
政府支出も抑えられる。
もう一つは犯罪の減少によるもの。
犯罪被害者が被る経済的損失が避けられるのみならず、警察、司法、収監に
関わる費用が抑えられる。
その分析は米国の事例に基づいており、その結果が日本に当てはまるかどう
かは必ずしも明らかではない。同様の分析には幼少期から成人後の長期にわた
る追跡調査が必要で、今から始めたとしても結果がわかるのは何十年も先。
一方、幼少期の能力は将来の労働所得や犯罪への関与などと強く相関するこ
とが、これまでの多くの研究結果を通じて知られている。
とりわけ注目すべき知見は、幼児教育が知的能力に及ぼす効果は短期で消え
てしまうが、社会情緒的な能力は長期にわたり効果が持続すること。
筆者らはこの点を踏まえ、2歳時点での保育所入所が3歳時点での子供の多
動性・攻撃性にどのような影響を及ぼすのか分析した。
多動性・攻撃性に注目するのは、社会情緒的な能力の表れと考えられるため
である。
分析にあたっては、01年と10年に生まれたおよそ8万人の子供の生活実態な
どを追跡して観察する厚労省の「21世紀出生児縦断調査」を利用し、関連する
様々な質問項目から、子供の多動性・攻撃性、親のしつけの質、子育てを通じ
て得られる幸福感などに関する指数を作成した。
家庭環境の代理指標に母親の学歴を用い、5%ほどの家庭を「社会経済的に
恵まれていない家庭」と定義し、その他の家庭と比較した。
この研究での最も重要な発見は、社会経済的に恵まれていない家庭の子供の
多動性・攻撃性が、保育所に通うことで大きく減少している点(図参照)。
この子供たちは保育所に通わなかった場合、他の家庭の子供たちに比べて高
い多動性・攻撃性を示しがちだが、保育所に通った場合には大きな差が見られ
ない。
保育所に通うことが、恵まれない家庭の子供たちの行動面を改善している。
保育所に通うことで変わるのは子供だけではない。
社会経済的に恵まれない家庭の母親のしつけの仕方、幸福度も大きく改善。
具体的には、子供をたたくなどしてしつけようとすることが減る一方、何
が悪いことなのかを言葉で説明することが増えている。
加えて、母親が子育てから感じるストレスが減り、喜びを感じられるよう
になっていることもわかった。
しつけの仕方が改善した理由の1つには、保育所を通じて、しつけの仕方
を学んでいることがあるようだ。より良い子育ての仕方を親に教えることは、
子供の問題行動を減らす上で有効な手段となりうるかもしれない。
平均的、あるいはそれ以上に恵まれた家庭の子供たちでは、保育所に通う
場合と通わない場合で行動面に大きな違いは見られない。
個人差はあるが、平均的にはこうした子供たちの行動面に良くも悪くも大
きな影響を及ぼさないようだ。
この結果の背景として考えられるのは家庭環境の違い。
保育所に通わない場合は、家庭環境の差が子供の問題行動の差にそのまま
表れやすいが、保育所ではどの子供も同じように育てられるので家庭環境の
差が表れにくくなると考えられる。
分析結果は、日本においても幼児教育としての保育が有望な「投資先」で
あることを示唆しているものの、現段階の研究では保育所利用の長期的な効
果は未知数であることには注意が必要だ。
政府が9日に閣議決定した経済財政運営の基本方針(骨太の方針)では、
幼児教育・保育の早期無償化を目指しているが、幼児教育・保育の効果が見
込まれるのは恵まれない家庭が中心であるため、支出に見合った社会的利益
が得られるかは疑わしい。
むしろ優先すべきは恵まれない家庭への支援の充実である。
現在の制度では、保育所の利用料金は世帯収入に応じて低減措置がとられ
ているものの、ひとり親家庭や生活保護世帯を除くと、世帯収入は利用調整
の点数にほとんど影響しない。
恵まれない家庭といえども、必ずしも保育所利用が優先されているわけで
はない。これは待機児童が多い地域では特に深刻な問題となりうる。
子供の発達への好影響を踏まえると、恵まれない家庭が保育所を利用でき
るように十分に供給するとともに、優遇措置の拡大を検討すべきである。
財源として提案された「こども保険」が社会に広く負担を求めている点は
妥当である。犯罪や社会福祉支出の減少による利益は大きく、社会で広く共
有されるのだから、費用の少なくとも一部は社会全体で負担すべきだ。
保育政策の経済効率性だけを追求すると、恵まれない家庭のみを支援の対
象にすべきだという結論にたどりつくが、その考え方には落とし穴もある。
支援を受けられない家庭の間で不公平感が高まり、社会階層間で断絶が生
まれる恐れがあるためだ。一部を支援するような保育政策に対して社会の広
範な支持が得られなくなり、財政支出を正当化することも難しくなるだろう。
その結果、保育の質は保てなくなり、子供の発達に好ましい影響を与えら
れなくなるという懸念がある。
経済効率性と公平性、社会階層間の連帯といった様々な要素の間のどこに
バランスをとるべきなのか見定めていかなければならない。
すべての家庭が何らかの保育支援を受けた上で、その度合いを経済的状況
に応じて変えていくというのが受け入れられやすいやり方だと思われるが、
恵まれない家庭への支援を現状よりも重視すべきだろう。
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前回は、財政問題先にありきの論述で待機児童解消論にはほど遠い内容でした。
今回も、「待機児童解消できるか」というテーマとは離れたところでの随筆風
論述でした。
幼児教育の重要性を認めているのか、確実な根拠がないからと、認めてはいな
いのか・・・。
比較的恵まれた家庭の子どもには、保育は絶対的に必要なものではないかのよ
うにも言っています。
そうなると、前回同様、保育を必要とする、希望する家庭・親が減れば、減ら
せば自ずと待機児童は減るよ、という結論に行き着くかのような議論になってし
まいます。
なんなんだ、この人たちは!?
そんな感じです。
すべてに歯切れが悪く、待機児童発生の要因にも、その現実にも焦点が合わさ
れることもなく、極めて部分的な、表層的な事例の提示でおしまい。
現実に自分の子どもを希望する保育所に入所できない親御さんたちに、希望も
可能性も示すことができないまま。
この2回の経済教室の内容を、日経紙自体、どう評価したのでしょうか。
保育のニーズがあれば、それを満たすのが基本。
より議論を進めるならば、社会福祉、社会経済的に幼児教育を主眼として考慮
すれば、義務教育レベルに考えてもよいとすべき。
それを社会の未来・将来への投資の一環とし、予算配分のなかで、総合的に見
積もり、支出する。
そうすれば、待機児童が発生することはなくなるのです。
現状、小学校がそうである状況と同レベルにする。
施設不足も、基本的に、現状の小学校の学区の単位で、小学校の附属保育園を
設置すれば問題は解消されます。
数合わせの待機児童解消問題。
そろそろ、事の本質の問題にしっかり切り込んで、保育政策、子どもの教育問
題に焦点を当てて議論し、抜本的な、長期にわたってぶれない政策・制度を
構築してほしいものです。